ノックの音がして返事をすると、愛子が両手に買い物袋を持って入って来た。その多さにぎょっとする。

「何、その量」
「色々買って来たの。食べられそうな物探して」

 そう言いながらローテーブルに淡々と並べて行く。サラダ、フルーツ、味噌汁、納豆、ヨーグルトなどなど。
 朝陽は体を起こし、ローテーブルの前に座った。

「この中から探すの?」

 至難の業かもしれない。

「どれか食べられそうな物ある?」

 買い物袋の中の物をローテーブルいっぱいに並べ終わると、まっすぐに朝陽を見ながら訊く。

「……さあ?」
「ちょっと食べてみなさいよ」
「どれを?」
「かたっぱしから」
「嘘でしょ?」
「いいから! はい、箸」

 ちゃっかり割り箸ももらってきたらしい。用意周到なことだ。
 朝陽は眉間に皺を寄せながらも箸を受け取り、とりあえずサラダから手をつけてみた。口に入れた瞬間顔をしかめる。

「……まず」

 そもそもそんなに野菜が好きではないが、以前よりも不味く感じる……気がする。

「じゃあ、次」

 今度は納豆を差し出される。

「……無理」

 納豆も元からそんなに好きではない。

「じゃあ、これ」

 ヨーグルトを差し出される。

「箸で食べるものじゃないじゃん」
「あ、そっか。ちょっと待ってて、スプーン取ってくるから。ついでに味噌汁も温めてくるね」

 さすがにスプーンはなかったらしく、愛子は急いで部屋を出て行った。
 朝陽はローテーブルの上を見る。よくここまで集めたものだ。愛子がどれだけ自分を心配してくれているのかが伝わってくる。

 ――今までもこうだったのだろうか。

 昔から美空と愛子のぎこちないやり取りを見ていた。意識したわけではないが、愛子との接し方には少なからず影響していると思う。どう接していいのか分からず、そっけなくなってしまう。どれだけ愛子が気にしてくれていても、拒絶を選んでしまっていた。それでも愛子はめげずに姉として接してくれている。頭では理解出来るのに、どこか納得出来なかった。はっきりとした理由は分からないが。
 一つ、手に取ってみた。箸でも食べられそうだったから。

「おまたせ――」

 箸と温めた味噌汁を手に愛子が戻ってきた時、朝陽はフルーツを食べていた。

「朝陽……」

 驚きから目を見開く。

「これなら食べられる」

 会話の対象ではあったが、愛子へ視線を向けることはなかった。
 朝陽が食べているのは、いちご、みかん、パイナップル、りんごと様々なカットフルーツの詰め合わせ。

「ぜ、全部? どれか食べられない物ない?」
「全部食べられる」
「――そう。じゃあ今度からそれ買ってくるから」

 口をもぐもぐさせながら、愛子を一瞥し、「うん」と頷いた。それだけなのに、何だか無性に嬉しい。スプーンを差し出す。

「ヨーグルトも一緒に食べてみたら?」
「そんなにいらないよ」
「そう? じゃあ、今度はサプリも考えないとね」
「いいよ、もう食べられる物あるんだし」
「ダメよ。栄養偏るでしょ」
「えー」

 今まで朝陽に世話を焼けなかった分が爆発してしまったのかもしれない。その後もこれでもかというほど、あーしろこーしろと言ってしまい、朝陽にうざがられてしまった。