「あーん……あれ? こっちだよ~。ほら、食べて?」
朝陽がスプーンを差し出しても、その子はそっぽを向いて食べようとしない。
「私があげる!」
それを見ていた結が名乗りを上げ、朝陽の手からスプーンを受け取ると、幼いその子に差し出す。すると、嘘みたいに食べた。
「何で……」
朝陽はショックを受けながらも、どこか安堵していた。
「私も!」
今度は星が名乗りを上げ、結からスプーンを受け取り、食べさせてあげる。やっぱり食べた。結も星も嬉しそうに交互にその子に離乳食をあげる。朝陽は絶句。
「結、そろそろ行くよ!」
「星も学校行きなさい」
「「はーい!」」
愛子と美空が二人に声をかけると、結と星は元気に挨拶をして朝陽にスプーンを返す。それから、その小さな子の頭を順番に撫でた。
「「行ってきまーす!」」
二人はランドセルを背負い、バタバタと忙しなく家を出て行った。
「朝陽、私達も行ってくるから」
「ご飯、冷蔵庫に入ってるからね」
「あ、うん。ありがとう」
愛子と美空もその子の頭を撫でて、仕事へ向かう。
居間には朝陽とその子だけが残った。息を吐きながら、もう一度我が子に向き合う。
「ママからのも食べてほしいなぁ」
離乳食をすくってスプーンを差し出す。やっぱり食べない。
「何で……」
いつもこうだ。結と星があげると食べるのに、朝陽があげると食べない。母親のメンツ丸つぶれだ。
「朝陽」
「父さん。どうしたの?」
今度は久史が顔を出す。
「ちょっと出かけてくる」
「どこに?」
「同級生とちょっとな」
「そっか。楽しんで」
久史はもう定年退職しており、余生を悠々自適にすごしていた。たまに同級生と遊びに行っているらしい。久史もその子の頭を撫でる。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
久史も楽しそうに出かけて行った。
今度は大きな音を立てながら誰かが階段を下りてくる。
「朝陽! おはよう!」
「おはよう、優人。寝坊? 珍しいね」
「いや、徹夜」
「大変だねぇ、大学院生も」
「今年で終わりやから余計にな」
優人は冷蔵庫の中から牛乳を取り出し、コップに注いで一気飲みした。
「じゃあ、いってくる!」
「いってらっしゃい」
「――あ」
玄関に向かったかと思ったら戻ってきて、その子の頭を撫でた。
「かわいいなぁ~」
「私と月の子だからね」
「すっかり親バカやな」
「まぁね。そんなことより急いでるんじゃないの?」
「そうやった! ほんまにいってきます!」
「ほんまにいってらっしゃい」
「真似すんな!」
急いでいてもちゃんとツッコミは忘れない。結と星のように優人もバタバタと出て行った。
再び朝陽とその子の二人になる。また離乳食をあげようとするが、何が気に入らないのか、やっぱり食べようとしない。
そこへ、月がやっと起きてきた。
「おはよう」
月を振り返る。
「おはよう」
笑顔で返す。
「また食べないの?」
「食べない……」
「俺があげてみる」
「うん」
月は朝陽の対面、二人で小さなその子を挟むように座った。スプーンを受け取り、小さな口に近づける。やっぱり食べようとしない。
「あれ?」
朝陽は吹き出した。
「やっぱり食べないじゃん」
「おかしいな」
だが、笑っている朝陽を見て、その子も笑う。
なかなか上手くいかない子育てに奮闘しながらも、二人は穏やかな時間をすごすのだった。
了
