一週間後、優人は有明家に来ていた。

「これからお世話になります」

 優人が頭を下げる。優人は有明家で一緒に暮らすことになった。愛子と結婚し、結の父親になったことで一緒に日常をすごせないかと試行錯誤した結果だ。

「うん。気兼ねなくすごしてね」
「はい。ありがとうございます」

 心なしか以前よりも久史の顔つきが穏やかになった気がする。自分を認めてもらえたのかと思い、安堵した。

「優人」
「あ、美空さん。どうも」
「うん。これからは家族やね」
「そうやな。よろしく」
「こちらこそ」

 美空は優人と話すと地元の関西弁が出てしまうようだ。その分優人も気兼ねなく暮らせそうだと美空の存在を頼もしく思う。

「あ、朝陽は?」
「自分の部屋におるよ」
「分かった。ありがとう。ちょっと行ってくる」

 そう言って階段を上がり、朝陽の部屋の前に立つとノックをする。返事があったのを確認してから中に入ると、朝陽はベッドに横になりながらアメイジンググレイスを聞いていた。

「何だ、優人か」
「何だって何や」

 いつもの調子で話してはいるが、優人は扉の傍から動こうとしない。

「何? どうしたの?」

 ベッドの上から視線を投げ、不思議そうに声をかける。

「いや……」
「なぁに」

 珍しく優人と目が合わない。何か後ろめたいことがあるようだ。

「あの、俺のせいで……」
「入院したこと? 違うよ。ここ数ヶ月でいろいろあっただけだから。優人のせいじゃない」

 朝陽は体調が回復し、無事に退院出来た。だが、優人は入院させてしまったことをずっと気にしていた。

「でも、俺が強引に美空さんに電話をかけた後――」

 朝陽が倒れた時のことをなかなか謝れずにいた。内心強く反省している。

「そんなの偶然その時に腹痛が起こったってだけ。遅かれ早かれ母さんには連絡してた。今母さんとまた一緒に住めるようになったのは、それがあったからだと思ってるの。むしろ優人には感謝してる」
「朝陽……」
「これからは優人も一緒に住むんだし、そんなこと気にしないでよ」
「――分かった。ありがとう」

 優人は背を向けて部屋を出て行こうとする。

「よかったね」
「え?」

 話しかけられ、振り返る。朝陽はまたベッドに寝転がり、天井を見上げていた。優人を一瞥してから「よかったね」の理由を話す。

「姉さんと結と、ちゃんと家族になれて」

 部屋に入った時に優人が目を合わせなかったのは後ろめたさが原因だが、朝陽の場合は照れくさいのかもしれない。

「朝陽のおかげやで。俺こそ感謝してる。ありがとう」

 返答はなかった。朝陽が体勢を変えて背を向けたから。まだ照れているのかもしれない。

「朝陽、変わったな」
「え?」

 その背中に話しかけると、朝陽が振り向く。

「何か前より穏やかになったやん」

 そう言われたらそうなのかもしれない。それは何故なのか――。

「月さんのおかげやな」

 朝陽は笑う。

「そうかもね」

 二人で笑い合う。「じゃあ、飯になったら呼ぶわ」と言い残して優人は部屋を出て行った。
 朝陽は一人になった――いや、二人になった部屋で、アメイジンググレイスを聞きながらお腹を優しくさすった。

「え――」

 赤ちゃんがお腹を蹴った。破顔する。人知れず高揚した。

 ――ここから、新しい有明家が始まる。