「ええ加減にせぇ」

 優人に軽くチョップされた。今は放課後ではなく、昼休み。食堂で窓際のカウンター席に隣り合って座っていた。優人の目の前には牛丼、朝陽の前には食事ではなく教材が置かれていた。近々テストがあり、その勉強のために昼間から優人を呼び出したのだった。

「いつになったら美空さんに連絡すんの?」
「だから、いつかするって」

 あれからさらに一週間が経ったというのに、いまだに何も進展していないことを知り、さすがに呆れた。

「いつっていつ?」
「……いつかだよ。そんなことより勉強教えて」

 朝陽は誤魔化すようにノートを開く。優人はジト目で見下ろすが、視線が合うことはなかった。それが気に入らない。優人はスマホを取り出し、通話をかけ始める。

「何してんの?」

 断りもなく通話をし始めたことで不機嫌になる。今度は朝陽がジト目になった。だが、優人はかまうことなく、相手が出るのを待つ。

「――あ」

 相手が通話に出たのか、優人の顔が明るくなる。いったい誰に通話をかけているのか――。

「ちょっと変わるわ――はい」
「え?」

 そのスマホは朝陽に差し出された。戸惑っていると早く取るようにとさらに差し出されるが、朝陽は取らない。業を煮やした優人はスマホを操作してスピーカーにした。

「話してええで――美空さん」

 その名前に驚きながら優人を見上げると、スマホから声が聞こえてくる。

「いいの? もしもーし」

 その声は忘れもしない――美空の声だった。
 最後に聞いたのは十七年も前なのに、いまだに覚えているなんて、改めて自分の中の母親の偉大さを思い知る。
 なのに、声が出ない。
 優人に肩を叩かれ、ハッとした。口元で手をグーにしてから開く、というのを二回繰り返していた。「話せ」ということらしい。朝陽からすればこの状況すら呑み込めていないのに、何を話せばいいのだろう。

「優人?」
「ごめん、美空さん。ちょっと待ってや」
「分かった」

 優人が再びジト目で見てくる。

「はよ話せ」
「分かってるけど……」
「自分の口から説明せんとあかんで」
「分かってるって」

 結婚の報告は自分でしなければならないと分かっているが、それでも思考がまとまらない。何と説明すればいいのか分からない。

 ――ふいに不安がよぎった。

 今後、月と結婚したとして、うまくやっていけるのだろうか――。
 久史と美空のように別居することになったり、下手すれば月の両親のように離婚なんてことも可能性として、ない、とは言えない。そう考えると、急に悪寒がした。

「――朝陽?」

 朝陽がお腹を押さえながら、腰を折る。息は荒くなり、肩で呼吸をし始める。額にはうっすらと汗が浮かび始めた。

「どうした?」

 優人は声をかけてみるが、朝陽はお腹を押さえながらうずくまるだけで返答がない。

「美空さん、またかける」

 そう言って通話を切ると、朝陽の背をさする。何度も名前を呼ぶが、ついに返答はないまま、朝陽はその場に倒れた。