朝陽は自分の部屋でスマホをガンつけていた。画面にはもちろん美空の連絡先が表示されている。星のためにも連絡をしなければと思っているが、どうしても指が動かない――。
 ノックの音が聞こえ、左側の扉へ視線を移す。二つ返事をすると扉が開き、月が顔を出した。変に緊張する。美華子の結婚式の後もっと進展するものかと思っていたが、意外にも何もない。月からは言いづらいのだろうかと考えたが、あれだけ結婚に前向きだったのだから違う気がする。

「朝陽」

 そんな風に考えていると、月が名前を呼んだ。

「何?」

 努めて冷静に返答する。自信はなかったが。

「風呂は?」
「あ――うん、入る」

 もうそんな時間か、と時計を見やるとスマホとの睨めっこは一時間以上続いていのだと気づく。スマホにもう一度目をやり、もどかしいようなホッとしたような複雑な感情を電源ボタンを押すことで画面と一緒に消した。

「何かあった?」

 部屋に入ってきた月は違和感を覚える。朝陽は美空のことを黙っていたため知らなかった。

「――ううん」

 どう説明したらいいのか分からないというのが現状だ。月からすれば形式上は母親だが実際は血が繋がっていないし、星のように実の両親の記憶がないわけでもない。今まで会ったこともない美空を母親として受け入れられるのか不安だった。美空に連絡が出来ないのは月が引っかかっているから、というのも理由の一つかもしれない。意識しているつもりはなかったが。

「あのさ」

 月の声に顔を上げる。

「何?」

 対面に座ったその顔は今まで以上に真剣な表情だった。

「星から聞いたんだけど――母親のこと」

 あからさまに朝陽の目が泳ぐ――そうか、そこから情報が洩れるのか。盲点だった。
 いや、少し考えれば分かることだ。だが、今の朝陽は美空のことで頭がいっぱいだったために考えることを放棄していた。どう誤魔化そうかと思案する。

「ちゃんと挨拶したい」
「挨拶?」
「結婚するなら、久史さんだけじゃなくて、美空さんにもちゃんと挨拶したい」

 結婚するなら――確かに、両親への挨拶は必要だ。
 だが、美空に連絡する勇気は、まだ――ない。

「でも――」
「連絡出来そうなんでしょ?」
「まぁ――」
「俺のこともちゃんと紹介してほしい」

 月がそう願うなら、と朝陽は頷く。月が安堵の笑みを浮かべる。

「お祝いしてもらいたいね」
「――うん」

 その言葉には同意した。美空に結婚の報告をしたら、どんな反応をするだろうか。喜んでくれるのか、それとも――。
 どうしてもネガティブな感情が生まれてしまう。

「どうかした?」

 いつの間にかうつむいていた。月の声で顔を上げ、首を横に振る。

「――連絡しとくね」

 笑った朝陽の顔がぎこちなく見えた。