朝陽が返事をすると、扉を開けたのは兄の月だった。
 その姿を認めるなり、朝陽は背を向ける。

「朝陽」

 少し低い、耳に響く声。この声で何度名前を呼ばれたのかもう分からないけれど、何度呼ばれても緊張する。自分の生唾を飲む音が聞こえた。

「何?」

 誰に対してもぶっきらぼうだが、月に対しては余計にそれが色濃く出てしまうようになった。

 ――朝陽と月は血が繋がっていない。

 月は元々愛子の母方の従弟で、朝陽からすれば親戚ですらない。愛子は月が生まれた時から可愛がっており、愛子の母親が亡くなった後も叔母――月の実母――と連絡を取っていたため交流があった。元々は外れた場所に住んでいたが、都内の大学に進学する話をしたところ、愛子の勧めで有明家に居候することになり――有明家は都心にある――月の両親の離婚が原因で引き取られ、朝陽の義兄となった。

「話があって」
「だから何」

 さっさと話してくれと言わんばかりに不機嫌な声音。
 ローテーブルの上を一瞥する。エコー写真が置かれたままだった。

「子ども――俺の子?」

 ストレートに訊いた。一瞬の間。

「――そんなわけないじゃん。たった一回やったぐらいで妊娠してたらたまったもんじゃないから」

 月には自分が父親ではないかという覚えがあった。それに期待していた。そうだったらいい、と。
 なのに、その背中は否定してくる。

「じゃあ、誰の子?」

 それだけは知りたい。知っておきたい。

「――言わない」

 また間があった。それは言っているようにも聞こえる。

「一緒に育てたい」

 朝陽は一瞬動揺した。

「何言ってんの? 月の子じゃないって――」
「それでもいいから。一緒に育てたい」

 プロポーズとも取れるその言葉を受け止めるにはあまりにも重い。

「無理。出て行って」
「朝陽、俺――」
「いいから!!」

 月の気持ちは最後まで告げられることなく、大きな拒絶が返ってきた。

「出て行って。お願いだから」

 その声は震えていた。

「――落ち着いたら、また話そう」

 そう告げて、月は部屋を出て行った。

 扉が静かに閉まると、朝陽はお腹に手を置く。
 しばらくそのままだったが、布団をかぶって世界から自分を隔離した。