「最近機嫌いいやん」
「まぁね。そっちも最近充実してるみたいじゃん」
「まぁな」
放課後。いつものように、大学院で優人に勉強を教えてもらっていた。
優人に言われたこともあり、体調が安定してからは休まず授業に出席している。今ならまだ単位も間に合う。卒業を目標にしていた。先生や周りの生徒からはどういう風の吹き回しかと、気持ち悪がられており、朝陽の周りにはいつも以上に人がいない。その分、変に声をかけられることも減ったので、朝陽としては助かっている。
「やっぱり月さんの影響がでかいんか?」
朝陽は黙秘。優人はその表情から、肯定として受け取った。
「……母親になるんだし、しっかりしなきゃって思ったの」
つぶやくように話し始める。
「母親になるのって簡単じゃないと思うし……姉さんを見てて、そう思ってた。いくら子どもと一緒に成長するっていったって、その基盤が出来ていなかったら、覚悟が出来ていなかったら、どこかで折れちゃうと思う。子育てってそれくらい一筋縄ではいかないから。それに、好きな人との子どもは守りたい」
優人は感心する。これも月との将来が固まったからか。
「あんなにちゃらんぽらんやったのになぁ」
「誰がちゃらんぽらんよ」
「俺泣きそうやわ」
「泣け泣け」
「そんなん言われたら涙引っ込むわ」
「どっちよ」
適当にあしらって、またノートに向き合う。
「俺、朝陽に言いたいことあんねん」
「何?」
鬱陶しそうに聞き返しながらも、目線はノートから離れない。
「ありがとう」
「――は?」
不覚にも優人へ目を向けてしまった。思ってもみない言葉が聞こえてきたから。今、礼を言われなかったか?
「朝陽のおかげで愛子さんとの結婚に踏み切れたから」
「そのこと? 別に何もしてないけど」
またノートへ視線を落とす。
「それで、お礼に何か出来へんかなって思って」
「いらないよ、そんなの」
優人はスマホを手に取って操作し、ノートの隣に置いた。
「何?」
画面には電話番号が記載されている。宛先の名前は――有明美空。
「――母さん?」
ノートから優人へ視線を移す。
「ずっと連絡先知っててん。でも、言わんかった。ごめん」
美空と優人の父が兄弟のため、優人も美空とは面識がある。だが、連絡先を知っているとは思わなかった。
「落ち着いたら連絡してみ? 子ども生まれるよって」
朝陽は何も言えず。優人からその連絡先にまた目線を下げる。この番号にかければ、母親に繋がる――。
えもいわれぬ感情が渦巻いていた。
