優人は有明家に来ていた。愛子とのことを久史に認めてもらうためだ。正式に挨拶をしようとスーツで決めていた。
「そんなに格好つけなくても……」
「いや、俺みたいなやつが愛子さんと結婚するにはこれくらいせなあかん」
かなり緊張している。何度もネクタイを直しながら、居間に二人で待っていた。
「お待たせ~」
そう言いながら、久史は朗らかな笑顔でやってきた。意外な反応に優人は呆気に取られる。
「え、あ、あの――」
「今日はどうしたの? めかしこんで。あ、お茶飲んでね」
「あ、はい。いただきます……」
言われるがまま、愛子が淹れたお茶を一口。
優人の用が愛子との結婚の申し入れだとは思っていないのだろう。ここで、本当のことを言ってしまったら、この笑顔が一転してしまうのかと思うと怖くて変な汗が背中を流れていった。
愛子が小声で気にかける。
「大丈夫?」
「大丈夫」
真っ青だが。
「えっと、父さん」
「ん?」
「いや! 俺から」
優人が愛子を止め、久史に向き直る。
「あの――実は、俺、愛子さんとの結婚を許してもらいたくて、今日やって来ました」
「え?」
不穏な空気が流れる。
「あ、いや――」
ここで負けてはいけないと、踏ん張った。
「結婚を許してください!」
もう久史の顔を見ていられない。思いっきり頭を畳にこすりつけ、久史の顔を強制的に見えないようにする。
「愛子と? ――でも、優人君って朝陽と同い年だよね? 愛子とだとかなり年の差があるけど……」
「問題ありません! 俺が愛子さんを幸せにします!」
「でも、結が受け入れるかどうか――」
「ねぇ」
そこへ久史の声ではなく、もっと可愛らしい声が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると、久史の向こう側に結が立っていた。
「――結、ちゃん」
優人の目が結に釘づけになる。
「結、どうして……部屋にいたんじゃなかったのか?」
「おじいちゃんは黙ってて」
「はい」
結が一括すると、久史が黙る。
「この前は、朝陽ちゃんの彼氏って言ってませんでしたか?」
「あれは、ちょっと間違えたというか……」
「間違えた? 本当は朝陽ちゃんの彼氏じゃなくて、ママの彼氏だったってことですか?」
「――そうです」
尋問されているようで、やっぱり居心地が悪い。
「いつからママと付き合ってるんですか?」
「――十一年前に、少し、と、最近また……」
「十一年前?」
引っかかったのは久史だった。
「確か、その頃遊びに来たよね?」
「はい」
「その時に付き合ったってこと?」
「まぁ……はい」
さすがに関係があったとまでは言えない――が。
「一回別れて、また付き合ったってことですか?」
「はい」
再び結の尋問が始まる。
「何でよりをもどしたんですか?」
ここまできたら引き帰せないと思った。
「君のためや、結ちゃん」
「私の?」
「俺、君の父親になりたいんや」
結の瞳が揺れる。
「すみません、おじさん。黙っていたことがあります」
優人は再び久史に向き直る。もうその目を逸らすことはしなかった。
「俺が、結ちゃん――結の、父親です」
「え?」
「十一年前、愛子さんと関係を持ちました。それで生まれたのが結なんです」
久史は優人から愛子へ視線を移す。結も同じように自分の母親を見た。愛子は複雑そうに顔を背ける。
「そうなのか?」
愛子はゆっくりと頷いた。
「それは――」
「本当!?」
久史が否定的な言葉を言おうとした瞬間、結はしゃがみこんで優人の顔を見上げた。小さな両手で優人の手を取る。
「あなたが私のパパなの!? 本当に!? 本当の本当!?」
真実を知りたくてたたみかけた。
優人はまっすぐに結を見ながら、しっかりと頷く。
「本当や」
結の瞳がきらめいた。
「私ね!! ずっとパパがほしかったの!! ずっと私のパパどこにいるんだろうって探してたの!! ずっとずっと――」
「ごめん。もっと早く来れんくて」
「ううん!! パパに会いたかった!! ずっと会いたかった!! ありがとう!!」
結は優人に抱きつく。
こんなふうに喜んでもらえると思っていなかった。意外だが、嬉しい誤算に優人は結を抱きしめた。
「……結がここまで言うなら、俺は何も言えないよ」
久史は困ったように笑う。
「え――じゃあ」
「愛子と結をよろしくね」
優人は思いっきり頭を下げる。
「はい! もちろんです! ありがとうございます!」
和やかな空気になった居間を、廊下から星が見ていた。どこかぽっかり空いた穴を埋めようと、胸元を抑える。
「――私のママはどこ?」
