「朝陽!」

 愛子が追いかけてくる。

「朝陽……えっと……」

 隣に並んで歩きながら言葉を探す。

「――ふっ」

 朝陽は吹き出した。

「え?」
「あ、いや。違うよ? 姉さんを笑ったんじゃないから」

 バカにされているのかと思い、眉間に皺を寄せたが、朝陽の顔を見ると穏やかな笑みを浮かべていた。こんな顔は久しぶりに見た。

「じゃあ、何で笑ったの?」

 愛子も穏やかな顔になる。

「姉妹だなって思って」

 朝陽から聞けると思っていない言葉だった。今までその言葉は避けているのだと思っていた。

「どういうこと?」

 どういう心境の変化なのだろうか。

「姉さんは私のいとこを好きになって、私は――姉さんのいとこを好きになった。だから姉妹だなって思ったの」

 愛子の足が止まる。朝陽は構わず前に進む。遠のいていく背中を引きとめなければと思った。

「ねぇ!」

 愛子が思った通りに朝陽の足が止まる。

「それってどういうこと?」

 朝陽は自分のいとこを好きになったと言った。一人しか思い当たらない。

「お腹の子の父親って――」
「言わないで」

 静かな声だった。だが、力強く否定を望んでいた。

「言わなかったら分からないんだから。本当のことなんて。姉さんと優人の関係と一緒だよ」

 朝陽は再び歩き出す。その背中に追いついて、追い越す。また止まる――止める。

「いつから?」
「いつって何?」

 愛子は朝陽の顔を見つめるが、朝陽は愛子と目を合わせようとしない。

「月といつからそういう関係なの?」
「姉さんが思ってるような関係じゃないよ」
「でも――」
「ゴムがなかっただけ」

 語気が強くなる。

「……あの時、ゴムがなかっただけ。ただ、それだけだったの。こんなに簡単に妊娠するなんて思ってなかった。甘かった、考え方が。それだけ」

 さっきまでの力強さはどこへいったのか。徐々に弱くなっていく。

「でも、ちゃんと責任は取る。結婚はしない。就職したら、家も出る。この子は私が一人で育てる」

 朝陽はお腹に手を添える。

「そんなの無理よ! 子育てを軽く考えすぎ! 今姉妹だって話してたばかりじゃない! もっと頼ってよ」

 愛子はお腹に添えられた朝陽の手に自分の両手を重ねた。

「父さんのことを気にしてるの? それだったら私が話をつける。月が結婚しないって言ってるなら私が説得――」
「違う。結婚しないって言ってるのは、私」
「何で……月は結婚するって言ってるの?」

 朝陽は頷く。

「じゃあ――」
「家族はいらないの」

 絶句した。あまりにもショックな言葉だったから。朝陽の中で有明家の人間は不要ということ――。

「月の両親、ひどい別れ方したでしょ。その時言ってた。もう家族はいらないって。だから、私は家族になれない――なりたくない」

 その声は涙をこらえているように聞こえた。
 当時の月を思い出す。そんなそぶりは見せていないように見えた。だが、朝陽には本音を話していたらしい。いとこの自分ではなく、朝陽に――。

「確かにおじさんたちはひどい別れ方だった。月だって傷ついたと思う。でも、月は私にも父さんにも何も言わなかった。朝陽に話したってことは、月は朝陽を特別だって思ってるのよ。好きでもない人と関係を持つほど月は不誠実な人間じゃない」

 どれだけ真剣に話しかけても朝陽は愛子を見ようとしない。愛子は朝陽を抱きしめた。

「拒絶しないで。一人で抱え込まないで。私も一緒に考えるから。姉妹でしょ? もっと私を――お姉ちゃんを頼ってよ」

 朝陽は愛子の背に手を回す。

「ずっと分かんなかった。姉さんがなんで結を産んだのか。父親がいない状態で何で産めたのか。おろせばいいのに、って。無責任だって。でも、実際妊娠したら、赤ちゃんに会いたくなった――月の子を見てみたくなった」

 愛子は結を妊娠した当時を思い出していた。

「自分と好きな人の子どもがいてくれたら、強くなれる気がした。月が……好きな人が傍にいなくても――」

 言葉を発する度に涙が溢れる。

「でも、本当は嘘。月とも一緒にいたい――本当は月と結婚したい」

 気づけば、愛子も泣いていた。何度も頷きながら、朝陽を強く抱きしめる。

「一緒に解決しよう。大丈夫よ、大丈夫」

 愛子は朝陽と一緒に涙を流しながら、励まし続けた。