「体調は、安定してきた?」
「全然」
「そっか……」
月と並んで歩きながら帰途に就く。そろそろ安定期だということは伝えていなかった。結婚式当日になっても行きたくなかったら断れる口実がほしかったから、誤魔化し続けていた。
最近は同じ質問しかしてこない。変わらない返答に月は変わらない反応をする。それは、落胆。
「どうしてそんなに美華子さんの結婚式に出席してほしいの?」
「え?」
そこまで気にするからには何かあるのだろうと思った。
朝陽の問いに月は答えられなかった。言えるとしたら、美華子に誘われたから、だろうか。もしくは――。
「まぁ、別に何でもいいけどね。どっちにしろ体調次第だし」
安定期に入ったとしても全く体調が悪くならないわけではない。個人差はあるだろうが。当日どうなるかは当日になってみないと分からないのが現状だ。
「――結婚に興味を持ってもらいたい」
「え?」
月の言葉とは思えない言葉が聞こえた気がして、思わず顔を見上げる。端正な顔立ちはまっすぐ前を向いていた。気のせいかもしれない――そう思って朝陽も前を向いたが、次の言葉で気のせいじゃなかったと思い知らされた。
「お腹の子の父親が俺なら、俺は朝陽と結婚する」
朝陽はため息をつく。何をバカなことを。先にそれを拒んだのはそっちじゃないか――と出かかってやめた。
「違うって言ってるでしょ」
「でも――」
「月が気にすることじゃないの。私がちゃんと育てていくから。月は月の人生を生きてよ」
月を思いやって言ったのではない。突き放した。
「どっちにしろ有明家で育てるなら変わらない」
確かに、有明家で育てていくなら今まで通りのメンツで暮らしていく。その中に月もいるのだから、一緒に住むことに変わりはない。
「変わるでしょ、関係性が。大きく」
どうしてこうも朝陽は――。
「頑固だなぁ」
「は?」
月の言葉に苛立ちがそのまま言葉になった。
「俺でしょ、父親。いい加減認めてよ」
「違うから。そっちこそいい加減にして」
「何で俺だって認めないの?」
「だから違うからだって」
「認めなければいいと思ってるんでしょ? 時期的に考えて俺だよ」
「私にだって他に彼氏くらいいるから」
月の中でバイト先の外国人――デイビッドが思い起こされた。
でも、もう分かっている。
「彼氏がいるなら俺としないでしょ」
さすがに反論出来なかった。口をつぐむ。これ以上嘘を重ねるのは苦しい。分かっているが、月と結婚はしたくない。
「――俺が父親じゃ、不満なの?」
返答の怖い疑問だった。
「不満だよ」
月の足が思わず止まった――一番聞きたくない答えだった。
朝陽はそれが分かっていた。分かっていて、あえてその言葉を選んだ。
進行方向に視線を向けて、朝陽は――朝陽だけが先へ進む。
その背中にこれ以上声をかける勇気は生まれず。見送ることしか出来なかった。
