愛子がバタバタと階段を下りてきた。
「ちょっと出かけてくるから!」
それだけ言いに居間に顔を出し、玄関へ向かう。
「愛子!」
久史は慌てて追いかけた。
「朝陽、何だって?」
「何も話さない。いつものことだけど」
愛子はいつもならヒールを選ぶところをサンダルにした。
「そうか……」
「体がしんどいみたいだから、ちょっとでも食べれそうなもの探してくる」
「分かった。気をつけてな」
「はーい」
そう言って愛子はスーパーまで出かけて行った。
「ママどうしたの?」
「え? あ、結。星も」
可愛らしい声に振り向くと、愛子の娘――久史から見ると孫――結が末娘の星と手を繋ぎながら一緒に立っていた。
「ちょっと買い物に行くって」
二人の背丈と同じ高さになるようにしゃがみこんで笑顔で話しかける。
「こんな時間に?」
「そう。朝陽お姉ちゃん体調悪いんだって」
「さっきにんしんしたって言ってたよね? 朝陽ちゃんだれと結婚するの? おじいちゃん知ってるよね? どんな人? もうあいさつにはきてるんでしょ?」
「いやぁ……」
結の質問攻めに合うが、何も知らないため何も言えない。
煮え切らない久史を不思議に思いながら、結と星は顔を見合わせる。
「とにかく、しばらく朝陽お姉ちゃんのことはそっとしておこうね。さ、ご飯食べよう」
二人の肩に手を置き、一緒に居間へ戻る。
久史はもうすぐ定年の五十九歳。年相応のごま塩頭で腰が低く、穏やかな内面がそのまま表情に出ている。昔は自分の意見が絶対と亭主関白な部分があったが、最近は年もあって丸くなってきたのか、あまり自分の意見を主張しなくなった。特に孫である結と末娘の星に弱く、二人には逆らえない。
前妻――愛子の実母――とはお互い十八歳で学生結婚し、十九歳の時に愛子が生まれた。二十九歳の時に前妻が病死。シングルファーザーになった。その後三十四歳で後妻である朝陽の母親――美空と結婚し、三十五歳で朝陽を授かった。美空とは十五歳の年の差婚だった。だが、結婚生活は上手くいかず、十七年前の四十二歳の時に美空は出て行ってしまった。その理由をちゃんと告げられたことはない。朝陽との関係もこじれてしまい、今ではどう接していいのか分からない。夫としても父親として情けなく思っていた。
「――あれ? お兄ちゃんは?」
「え?」
星の言葉で居間を覗く。誰もいなかった。
久史は階段へ視線を向けた。
