月が風呂から出ると、朝陽は座卓に頬杖をつきながらテレビを見ていた。その髪は濡れていた。朝陽は月より先に風呂に入ったはずだ。なのに、まだ濡れている。いったいいつまで放置するんだろう。

「髪、乾かさないの?」

 朝陽は月を一瞥してからまたテレビへ視線を戻す。

「面倒じゃん乾かすの」
「風邪引くよ」
「いいよ、別に。今風邪引いたってどうせ学校ないんだし」

 気温は一桁。その上、夜。いくらストーブがついていて居間が暖かいとはいえ、風邪を引かない保証はない。
 月は洗面に戻ってドライヤーを持って来た。朝陽の背後に座って、ドライヤーのプラグをコンセントにさす。そこで朝陽が振り返った。

「何?」
「前向いて」
「何するの?」
「乾かすんだよ」
「何を?」
「髪を」
「誰の?」
「朝陽ちゃんの」
「何で?」

 どんどん朝陽の眉間の皺が濃くなっていく。

「面倒なんでしょ? だから俺が乾かす」
「いいよ、そんなことしなくても」
「風邪引いたら大変だから」

 どこかで聞いたようなセリフだ。

「分かったよ」

 観念したのか、朝陽は前を向いて大人しくなった。月はドライヤーのスイッチを入れて、朝陽の髪に手を伸ばす。
 深夜から今まで、ずっとお互いを意識しっぱなしだった。とんだ新年の幕開けだ。

 ――でも、悪くない。

 湿っていた髪が徐々に乾いていく。それを寂しいと思った。乾かし終わったら、もう朝陽に触れていられなくなる――そう思っている間に朝陽の髪は乾いてしまった。

「ありがとう」

 朝陽は自分の髪を確認しながら、月に礼を言う。

「――明日も俺が乾かすよ」
「え?」
「面倒なら、俺が乾かす」

 ここで終わりたくないと思った。
 朝陽は月から視線を逸らす。もしかしたら、嫌だったかもしれない――。

「……面倒、だったらね」

 これは肯定と取っていいのだろうか。

「うん」

 それ以降、朝陽の髪は月が乾かすようになった。