年末。
 全員で蕎麦をすすりながらカウントダウンを待っていた。結はさすがに寝ていたが。
 久史がベテランの芸能人を見て「老けた」だなんだと言い、愛子は男性タレントを「カッコいい」だなんだと言っている中、月と朝陽は静かに蕎麦をすすっていた。目線は二人ともテレビに向かっているが見ているのかいないのか。一年が終わるという大きな行事にも関わらず、どこか冷めていた。そういうところは似ているのかもしれない。
 その内カウントダウンが始まり、久史と愛子は日付が変わる瞬間何をするか大慌てで会議をする。鉄板はジャンプだが、こたつが邪魔で出来ず。結果何もせず、年を越した。年上二人が騒いでいるのを年下二人が温かい目で見守るという本来逆ではないかという中で新しい年を迎えたのだった。
 カウントダウンが終わり、蕎麦も食べ終わると、学生二人は寝るように言われ、居間から追い出された。

「大人はいいよね~、夜更かしが出来て」
「そうだね」

 朝陽がそう文句を言いながら先に階段を上る。月もその後に続いた。

「じゃあ、おやすみ」
「うん。おやすみ」

 階段上につくと、すぐそばに朝陽の部屋がある。挨拶だけすると、朝陽はさっさと部屋へ入ってしまった。少し名残惜しく思いつつ、月もその隣の部屋へ入る。本来は誰も使っていない部屋で、今だけ月が使わせてもらっていた。事前に机とベッドは用意してもらっており、それ以外はキャリーケースの中身が散乱している。借りている部屋を汚すのは申しわけないと思いつつも、これが落ち着くので片づける気にはならない。かろうじて出来ている動線を通り、机に向かう。寝る前にもう少し勉強しようと教科書を開いた。
 気がつくと、二時間が経過していた。深夜の二時を回っている。伸びをしてからベッドに横になろうとするが、お手洗いに行ってからにしようと部屋を出た。階段を下りると、中庭に面している廊下がやけに明るい。誘われるように移動し、見上げると満月が輝いていた。月は自分の名前と同じ月が好きだった。自然と頬がほころぶ。

「起きてたの?」

 声がした方を向くと、朝陽が立っていた。来た方向からすると、月と同じようにお手洗いに起きたのだろう。

「うん、勉強してた」
「こんな時間まで? 受験生って大変だね」

 朝陽は半ば呆れながら感心した。

「朝陽ちゃんは?」
「寝れないから漫画読んでた。そろそろ寝るけどね」
「そっか」

 月に近づいて、空を見上げる。

「月が綺麗だね」
「え?」

 一番に思いついたのは、どこかの文豪が訳したアイラブユー――。

「私もさっき見てたんだ。綺麗な満月だよね」

 文字通りの意味だったらしい。自意識過剰だったと、恥ずかしくなって視線を逸らした。

「受験っていつなの?」
「え……あ、来週」

 話しかけられて我に返る。

「来週かぁ。ラストスパートだね」
「うん」
「私も受験なんだ。今年」
「四月から三年生だもんね」
「そう。面倒だなぁ」

 素直な気持ちを吐露する朝陽を微笑ましく思う。

「勉強頑張らなきゃね」
「イヤだよ。学校も勉強も嫌いだし、特に行きたい高校もないし、頑張る理由とかもない。ただ、父さんと姉さんが行っとけってうるさいから受験はする。けど、受かんなくていい」

 月は行きたい大学に合格するために頑張っているが、朝陽のように学校を嫌いな人もいる。その場合は就職になるのかもしれないが、中卒で働くのはかなり厳しい。だから、久史も愛子も高校に行っておけと言うのだろう。

「何でそんなに嫌いなの?」

 ずっと満月を見上げていた目は数秒月を捉えた。それからうつむく。

「……褒められないじゃん。頑張ったって」

 呟いたその声はかろうじて聞こえるくらいの声量だった。これをそんな理由か、と捉えるべきなのか、何か理由があるのか、と捉えるべきなのか――。

「俺が褒めるよ」
「え?」

 朝陽の瞳が再び月を捉える。

「朝陽ちゃん頑張ったねって俺が褒める。いっぱい褒める」

 月は後者を選んだ。
 一瞬の間の後、朝陽が吹き出す。

「何?」

 笑われるようなことは言っていないが。

「ううん。約束ね」

 朝陽が右手の小指を差し出してくる。月は、その小指に自分の小指を絡めた。

「じゃあ、寝るから」

 その言葉を合図に指が離れる。

「うん。俺も寝るよ」
「うん」

 朝陽が背を向けて歩き出す。それを見送っていると、その背中が振り返った。

「あ、忘れてた」

 月が小首を傾げる。

「あけましておめでとうございます」

 何事かと思えば。

「あけましておめでとうございます」

 月も同じ言葉を返す。

「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

 何故か照れくさくて二人で笑い合った。

「おやすみ」
「うん。おやすみ」

 今度こそ、朝陽は階段を上って行く。見送ってから月はお手洗いに向かった。
 部屋へ戻ると、ベッドへ向かう前に窓へ向かう。カーテンを開けると満月はまだそこにあった。それが心強くて安心する。清々しい気持ちでベッドに寝転がり、気づく。そういえば最近、朝陽がため口で話してくれている、と。少し距離が縮まった気がして嬉しくなった。
 今だったら気持ちよく眠りにつけそうなのに、寝たくない。
 今寝るのはむしろもったいない気がした。さらに少しだけ夜更かしした。