「月ー! ご飯ー!」

 階段下から愛子の声が聞こえてきて、慌てて勉強を切り上げ、居間へ移動する。

「ごめん、手伝えなくて」

 勉強しているとあっという間に時間がすぎる。愛子は結の子育てもあるし、居候している分なるべく手伝いたかったのだが、いつの間にか集中していていつも出来ない。

「いいのいいの。早く座って」
「うん。ありがとう」

 だが、愛子が月を責めることはない。
 居間へ向かうと一足先に結が夕飯を食べていた。離乳食を食べさせている朝陽に目がいく。朝陽も月に気づいたが、結の催促の声にすぐに視線を逸らし、再び離乳食をあげる。愛子に余裕があるのは朝陽が手伝っているお陰でもあった。
 朝陽の対面に腰を下ろす。結は順調に離乳食を食べ進めていく。そんな様子に思わず笑顔が漏れた。

「――何か?」

 朝陽が手を止めて怪訝な表情を向けてくる。

「いや――」

 居候を初めて三日目。愛子は元から仲がいい、久史も息子が出来たみたいで嬉しいとよくしてくれているが、朝陽とは打ち解けないでいた。このままでいいのか――。

「――妹がいて、思い出してた」
「妹?」
「うん。結ちゃんと同い年なんだ。俺も離乳食あげたりしてたんだけど、結ちゃんみたいに食べてくれなかった」
「――そうなんだ」

 終わった。これでも最長で話せた気がする――。

「年離れてるんですね」
「え?」

 終わっていなかった。朝陽から話しかけてくれるのは珍しい。思わず聞き返してしまった。

「月さん十八ですねよ? 十八歳差って珍しいと思って」
「そうだね。女の子を諦め切れなかったらしくて。両親が不妊治療頑張ってた」
「……大変だったんですね」
「うん」
「よかったですね、妹さんが生まれてきてくれて」
「うん。よかった」

 少しだけ目が合ったがすぐに逸らされて、朝陽はまた結に離乳食をあげる。少し寂しいような、でも、話せて嬉しいような。

「お待たせ~」

 そこへ愛子が夕飯をお盆に乗せてやってきた。今日の夕飯は煮込みうどん。寒い今の時期にはありがたい。

「熱いから気をつけて」
「うん」
「これ箸ね」
「ありがとう」

 愛子から箸を受け取り、ぐつぐつと煮えたぎっている一人分の鍋を見つめる。

「朝陽、ありがとね。置いとくわよ」
「うん」

 そろそろ結の離乳食も終わりそうだ。

「そういえば父さんは?」
「トイレって言ってたけど」
「まーた夕刊でも読んでるんでしょ。いっつもトイレで読むんだから」

 鍋を定位置に置き終わると久史を呼びにトイレへ向かった。
 その間に結の離乳食が終わる。

「偉いね、結」

 小さな頭を撫でながら褒める。結はご機嫌なように見えた。
 朝陽は結に対してだけ笑顔を見せる。少しだけ、ほんの少しだけ見惚れていた。

「愛子引っ張るなよ」
「早く食べないと冷めるでしょ」

 愛子と久史が廊下をバタバタと慌ただしく早歩きでやってくると我に返った。
 こうして夕飯の時間が始まった。