「えっと……」
優人は言い淀む。一番聞かれたくない人物に一番聞かれてはならない内容を聞かれてしまった。
「朝陽と付き合ってるのに愛子ちゃんとご飯に行くの? おかしくない?」
月からすれば当然の疑問だった。彼女の姉をご飯に誘うなどどうかしている。
「え、朝陽と付き合ってるの?」
愛子からしても二人が付き合っているとは思いがたかった。何故なら――。
「いとこなのに?」
優人は壁に手をつき、うなだれる。
「え、いとこ?」
月の疑問に答えたのは、愛子。
「朝陽と優人君はいとこなの」
こんがらがってきた。
「いとこだけど、恋人でもあるってこと?」
「そんなことないと思うけど……ねぇ?」
月の疑問に愛子は否定しながら優人を見る。目は合わなかった。優人は二人に背を向けて壁に向かっていた。優人はどうやってこの事態を切り抜ければいいのかと頭をフル回転させる。朝陽には月に彼氏がいると思わせたいと言われたが、愛子の前だ。関係性を知っているその愛子の目の前で、朝陽の彼氏だと言ったところで信じるわけがない。というか単純に言いたくない。そして、時すでに遅し――正直に言うしかない。
「あの……事情があって」
ゆっくり振り返り、二人に向き直る。
「「事情?」」
二人の声が重なる。いったいどんな事情があって、彼氏だと名乗っているのか。
「朝陽、すごく学校でモテるんですよ。たまに危険な目に合うこともあって。今日も帰り際しつこく言い寄られたりしてたんです。だから、こう……男避けのためにぃ、いとこっていうのを隠してぇ、彼氏って言ってます……はい」
内心、朝陽に平謝りだった。
「危険な目に? そんなこと聞いたことないけど……」
「言わないですよ。心配かけたくないですから」
愛子にはそうだ。月にはそうじゃないかもしれないが。
「じゃあ、本当の彼氏じゃないってこと?」
「まぁ、そう……はい」
もう観念するしかない。
「そっか」
月の方を見ると心底安堵している表情だった。月の気持ちが垣間見えた気がした。優人からすれば美華子の話も聞いていた。月とお似合いの幼馴染みがいると。だが、お腹の子のことを考えると、月が選んだのは朝陽ということにならないか。お腹の子の父親は月じゃないとすれば話は違うが――やっぱり分からなくなってきた。
「じゃあ、お腹の子の父親もあなたじゃない?」
「絶対に違います!!」
月の疑問に思わず声が大きくなった。また声量バグが起きる。
「誰が父親なのかは、優人君にも話してないって」
「そうなんだ……」
愛子に言われて、月はうつむく。脳裏にはデイビッドのことが浮かんでいた。本当の彼氏はあの外国人か、と思い至る。
「何で誰にも言わないのかしら。もっと頼ってくれてもいいのに」
姉として出来ることはしたいし、支えていきたいと思っているが、朝陽は頑なにそれを拒否する――。
「それは姉さんだって同じでしょ? また私のこと棚に上げて」
「朝陽……」
階段の一番上にいつの間にか朝陽がおり、そこから三人を見下ろしていた。優人は変な汗をかきながら思いっきり視線を逸らす。朝陽はそんな優人を思いっきり睨みつけた。さっきの声量バグが朝陽の部屋まで聞こえてしまい、様子を見にきたのだった。
「同じって――」
「じゃあ、誰なの? 結の父親は」
「それは――今は関係ないでしょ」
一瞬優人へ視線を向けたような気がした。優人がいると不都合があるのだろうか。
そんな愛子の手元に買い物袋があった。また大量に買って来たな、と思いつつありがたくいただこうと思い、礼を言おうとしたところ、その先に月を見つけ、目を逸らす。気が変わった。
「とにかく、父親が誰なのかは誰にも言わないから。放っておいて」
そう言うとまた部屋へ閉じこもってしまった。
「あ、朝陽!」
愛子が名前を叫んで後を追おうとするが、優人を思い出し、一言断る。
「さっきのこと、また話そうね」
「あ、はい!」
笑顔で頷くと、階段を駆け上がって行った。優人は小さくガッツポーズした。
「あの」
声をかけられ、月がいたことを思い出す。
「あ……何でしょうか?」
「朝陽の彼氏ってバイト先の人ですか?」
思わず訊いてしまった。
「バイト先の人って誰ですか?」
「外国人の」
「外国人? ――あ! デイビッド!」
たしかそんな名前だった。
「たぶんその人です」
「そんなんちゃいますよ~」
「でも、二人がハグしていたところを見て……」
「外国人はフレンドリーですからね。スキンシップですよ」
「そうかな……」
優人は意外に思っていた。あんなに朝陽が無理と言い切るからには、月が朝陽を拒絶しているのだと思っていた。だが、目の前にいる月はさっきからずっと朝陽を気にしている。
「朝陽のこと、どう思ってるんですか?」
「え?」
「何か思ってた人と違うような……いや、合ってんのかな」
分からなくなってくる。以前の朝陽の話からは優しそうな印象を受けていたが、最近は突き放しているような印象だった。真逆だ。でも、今目の前にいる月は以前朝陽が話していた月の人物像に近い気がする。あごに手を添えながら首をひねった。
「えっと……」
月には伝わらなかったようで返答に困っていた。それに気づく。
「あ、いや、忘れてください!」
両掌を見せながら、空を二回押す。
「心配せんとってください。そのうち朝陽も話してくれますよ」
「そうだといいけど」
結局バイト先の外国人と朝陽の関係は優人に訊いても明確にはならなかった。朝陽に訊いてみないと真相は分からない。でも、その朝陽には話す気がないらしい。優人の言葉は気休めにもならなかった。
