「勘弁してくれやぁ」
朝陽の部屋で優人がうなだれる。
「こんなん愛子さん帰って来た時にどうしたらええねん!」
「私の彼氏って紹介してあげるよ」
「アホ!! 逆効果やわ!!」
ベッドに横になりながらスマホをいじっている朝陽に思いっきり怒鳴り散らす。
「人が怒ってんねんから、スマホいじらずに聞け!!」
「優人が言ったんじゃん」
「何をや!!」
優人は自分がこんなに怒ってんのに、ずっと飄々としている朝陽が気に入らない。
「お腹の子にはクラシックがいいって」
「ああ、言うたな――って、今そんな話してるんちゃう!!」
こんな時でもノリツッコミをしてしまうのは関西人の血だろうか。
そんな優人に構わず、朝陽はスマホでクラシックを検索していた。
「おすすめの曲ある?」
「俺の話聞けや!!」
「いいから、おすすめ教えてよ」
優人の眉間には川の字が出来ていた。同時にこれ以上怒ったところで取り合ってもらえないな、という諦めも生まれる。
「――じゃあ、アメイジンググレイスとかにしとけ」
「何それ」
「聴いたら分かる」
「ふーん――何だっけ?」
「アメイジンググレイス!!」
優人の大声を拾って、スマホから音声が流れる。どうやら音声検索機能を使ったらしい。すぐにアメイジンググレイスが流れ始めた。優人の憤りと反対の落ち着いた曲が流れ始める。
「ごめんね」
「あ?」
「ごめん。彼氏とか嘘ついて」
朝陽が二度も謝ることは珍しい。少なからず悪いとは思っているらしい。不思議なことに謝られると怒りは鎮静化する。
「まぁ……ええわ。でも、謝るんやったら聞かせてや。嘘ついた理由」
優人を一瞥してから体勢を変え、背を向ける。それを咎めることはせず、朝陽の言葉を待った。
「月に、私に彼氏がいるって思わせたかった」
「何やそれ」
随分身勝手な理由だ。
「月さんのこと好きなんやないの? 何でわざわざ嫌われるようなことすんの? 俺もいい迷惑やし。理解出来へん」
「仰る通りでしかなくて笑う」
「笑ってないやん。笑うところでもないし」
「ははー」
「張り倒すぞ」
遠くで小さなため息が聞こえる。優人もため息をついた。
「愛子さんには本当のこと言わせて」
「月にバラさないって口止めしてくれるなら」
朝陽が何を考えているのかいまいち分からない。
「何でそんなこと……俺には好きなら素直に言えばいいとか言っておいて自分はどうなん。お腹の子だって――」
「やめて」
声色が変わった。思わず口をつぐむ。
「違うから。お腹の子の父親は月じゃない」
朝陽とは長い付き合いだ。嘘をついているかどうかも、誰にどんな感情を抱いているのかも分からないわけじゃない。
「何でほんまのこと言わへんの?」
返答はない。
つい先日まで月のことを楽しそうに語っていた朝陽を思い出す。
「ええ人なんやろ? 何があかんの? 素直にあなたの子ども身ごもりましたって言えば――」
「無理」
「何で?」
「無理なものは無理」
「だから何で?」
「どうしても無理だから」
「答えになってない」
「無理が答えなの」
「そんなの訊いて――」
「訊かなくても分かるから無理って言ってんの」
朝陽は何を思ってここまで否定しているのだろう。一番の理解者であるはずの優人でも分からなかった。
「何があったん?」
優人が心配してくれているのは伝わるが、話せないのだから仕方がない。
「――ただ、私が妊娠したってだけ」
これ以上訊いてもどうせ返ってくる答えは同じだろう。諦めることにした。話せる時がきたら話してくれるかもしれない。その時を待つしかない。
「せめてお腹の子は大事にしろよ」
朝陽が体勢を変え、天井を見上げた。
「分かってる」
部屋の中では、静かにアメイジンググレイスが流れていた。
