Side ターシャ
デビュタントを一週間後に控えた朝、ロジェ子爵から手紙が届いた。
「夫人がどうしても二人を磨き上げたいから、今からこちらへ来なさい」——そんな誘いだった。
母はというと、姉の縁談が一向に決まらず焦りに焦っている。
公爵家も大公家もそっぽを向き、もはや十八歳の姉は「売れ残り」と囁かれているのだ。
……その情報をくれたのは、皮肉にもロジェ子爵夫人だったけれど。
「と、言うわけで行ってきますわ、お母様」
「ええ、気を付けて」
心ここにあらずの母は、数少ない招待状を眺めてため息ばかり。
——気づいていないのだ。私のデビュタントのエスコートを、誰にも頼んでいないことに。
もっとも、その辺りはすでにロジェ子爵が手を回してくださっているのだけれど。
「さあ、エレーナ。行きましょう」
私とエレーナは馬車に乗り込み、王宮の華やかな舞踏会について夢見がちな言葉を交わした。
やがて馬車は静かに止まり——。
「待っていましたよ、エレーナ! ターシャ!」
扉を開けた瞬間、明るい声が弾けた。
ロジェ子爵夫人。年齢を重ねてもなお社交界の華と呼ばれる女性だ。
「お婆様!」
エレーナは嬉しそうに抱きつき、慌ててカーテシーをした。
私も後に続くと、夫人は小さく唇を尖らせる。
「まあ、ターシャ。淑女らしくて結構ですけれど……お婆様は少し寂しいですわ」
そのお茶目な言葉に、私も思わず笑って胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます、お婆様。私もお会いしたかったです」
夫人は満足げに微笑み、手を広げて二人を促した。
「さあさあ、エステで隅々まで磨き上げますわよ!」
その言葉どおり、徹底的に磨き上げられていく。
血の繋がらない私にまで惜しみない愛情を注いでくださる子爵夫妻に、胸が温かくなる反面——。
(私は、どう恩を返せばいいのだろう)
ターシャとして生きる胸の奥に、確かな引っ掛かりが残った。
デビュタントを一週間後に控えた朝、ロジェ子爵から手紙が届いた。
「夫人がどうしても二人を磨き上げたいから、今からこちらへ来なさい」——そんな誘いだった。
母はというと、姉の縁談が一向に決まらず焦りに焦っている。
公爵家も大公家もそっぽを向き、もはや十八歳の姉は「売れ残り」と囁かれているのだ。
……その情報をくれたのは、皮肉にもロジェ子爵夫人だったけれど。
「と、言うわけで行ってきますわ、お母様」
「ええ、気を付けて」
心ここにあらずの母は、数少ない招待状を眺めてため息ばかり。
——気づいていないのだ。私のデビュタントのエスコートを、誰にも頼んでいないことに。
もっとも、その辺りはすでにロジェ子爵が手を回してくださっているのだけれど。
「さあ、エレーナ。行きましょう」
私とエレーナは馬車に乗り込み、王宮の華やかな舞踏会について夢見がちな言葉を交わした。
やがて馬車は静かに止まり——。
「待っていましたよ、エレーナ! ターシャ!」
扉を開けた瞬間、明るい声が弾けた。
ロジェ子爵夫人。年齢を重ねてもなお社交界の華と呼ばれる女性だ。
「お婆様!」
エレーナは嬉しそうに抱きつき、慌ててカーテシーをした。
私も後に続くと、夫人は小さく唇を尖らせる。
「まあ、ターシャ。淑女らしくて結構ですけれど……お婆様は少し寂しいですわ」
そのお茶目な言葉に、私も思わず笑って胸に飛び込んだ。
「ありがとうございます、お婆様。私もお会いしたかったです」
夫人は満足げに微笑み、手を広げて二人を促した。
「さあさあ、エステで隅々まで磨き上げますわよ!」
その言葉どおり、徹底的に磨き上げられていく。
血の繋がらない私にまで惜しみない愛情を注いでくださる子爵夫妻に、胸が温かくなる反面——。
(私は、どう恩を返せばいいのだろう)
ターシャとして生きる胸の奥に、確かな引っ掛かりが残った。

