Side アリー

正直、このお屋敷は嫌いだった。

いつも喚き散らす奥様、それに同調する娘のオリバー様。
そしてその二人に殴られ続けても耐え続けるエレーナ様。

そんな印象だった。

オリバー様の実妹、ターシャ様がエレーナ様への暴行を止められた日、私は少しだけこのお屋敷を好きになった。

それから私も含めてだが使用人たちは変わった。

奥様を恐れるだけだった使用人たちが奥様からエレーナ様とターシャ様を守るべく、結託した。

今まで決して目立たないようにしていたターシャ様が妹の為にお立ちになられた。
奥様に悪魔のささやきをするかのように見せて、エレーナ様をお守りしている。

ターシャ様が虐め抜いていると思い込んでいる奥様とオリバー様は上機嫌で茶会や夜会に足を運ぶ。

「ねえ、エレーナ」

「どうなさいました、ターシャお姉様?」

ば奥様はターシャ様の言葉を信じきっている。
ターシャ様とエレーナ様がこのように仲良さげにお話ししているなど夢にも思っていないだろう。

あと、評判の悪くなりすぎたオリバー様の縁談がまとまらないことに、焦っているというのもある。

「来月、私たちも社交界デビューね」

お二人は14歳。

そう、王宮からデビュッタントの招待状が届いた。

どちらも公平にオクレール公爵令嬢としての招待だった。
ここでも奥様はエレーナ様へのデビュタントの為のドレスを用意しないという馬鹿な真似をした。

しかし、奥様の悪行を利用されて、ターシャ様はエレーナ様のお母様の実家であるロジェ商会へドレスの発注をした。

ターシャ様の手紙に喜ばれたロジェ商会の会長が自ら訪ねてこられた。
孫娘に会うのを楽しみになさっていたロジェ商会の会長は自らオクレール公爵邸に足を運ばれた。

ターシャ様、エレーナ様のお二人のドレスを、我が国のありとあらゆる最高品で作り上げた至高のドレスを用意してくださった。

ロジェ商会の会長、というよりはロジェ子爵はターシャ様もいたく気に入りったようすです。
それこそ「お爺様と呼んでいい」と仰るぐらいに。

「はい、当日はお爺様の商会で着付けからメイクまで総てやっていただけるなんて、嬉しい限りですわ。」

「貴女のおかげよ、エレーナ。血の繋がりがない私にまで用意してくださるなんて……お爺様はお優しい方ね」

先日、ターシャ様とエレーナ様と出来上がったドレスの試着に同行させてもらった。

エレーナ様のドレスは黄色を基調とした春の花の刺繡を施したドレス。
ターシャ様のドレスは青を基調とした冬の花の刺繡を施したドレス。

どちらも、布も、刺繡も、レースにリボンに至るまで最高級の逸品だった。

ロジェ子爵は「今年のデビュタントはエレーナとターシャに釘付けになるだろう。」と笑っていた。実際にそうだろう。

どちらも違った風に美しい。

「デビュタントの前日からロジェのお爺様の所に泊りましょう。ローランド、そのようにお母様に伝えてくれる?」

「承知しました、ターシャ様。」

脇で控えていたローランドさんはニコリと笑った。

奥様にエレーナ様への危害を加えさせないためである。
ドレスも、靴も、アクセサリーもすべてロジェ商会に保管してもらっているのだ。

「あとね、エレーナ」

「はい、何でしょう」

「なるべく早く婚約者を見つけなさい。できればオクレール公爵家(我が家)が断れない高位の家の……できるなら嫡男と」

その言葉にエレーナ様は驚くことはなかった。
予想していたのだろう。

ゆっくりと紅茶を含み、綺麗な所作で笑う。

「ええ、ターシャお姉様が仕上げてくださった私をしっかりと売り込んできますわ!」

エレーナ様はロジェ子爵とお話しするようになってから、本当に公爵令嬢としての自覚を持たれました。

それはエレーナ様のおばあ様、ロジェ子爵夫人との会話のおかげだと、ターシャ様は言っておられました。

「貴女なら大丈夫、綺麗だもの」

そうやっていうターシャ様は少し寂しそうだった。でもエレーナ様はこそっと漏らしたのだった。

「ターシャお姉様にくっ付く害虫は私が駆除いたしますわ」

本当に頼もしくなられましたね、エレーナ様。

そんなことを思いながらお二人に新しいお茶を入れるのだった。