『シンデレラ』という物語をしていますか?
有名すぎて誰でも知っているような話だと思う。
某、有名映画会社のビビデバビデブーなんてめちゃくちゃ聞いていた気がする。

で、なんでそんな話かって?今現状、いきなり記憶が戻ったからである。
28歳でDV男から妹を守って死んだ女の記憶が。

目の前で行われているのは義理の妹に対する母親からの虐待。
それに便乗する姉。自分が次女だとすぐに分かった。

「お母様、お姉様、もうすぐ茶会の時間ですよ。用意せねば間に合いません。」

自然とその言葉を放てば、母も、姉も手を止めた。

お母様、それ鞭じゃ……と青くなったが、その鞭を無表情で受け取る侍女もちょっと怖かった。

「そうねターシャ。貴女の言うとおりだわ。オリバー、ドレスの用意をしなさい。あと、『コレ』を片づけなさい。」

母が『コレ』と言ったのは私の義理の妹、エレーナ・オクレール。

美しいプラチナブロンドの髪を持ち、晴れた日の空のような瞳をしている。

父親は同じだが、母は違う。
父が手を付けた平民との娘。

今日は母と姉がお茶会に招待されている。私はまだデビューしていないから呼ばれてはいない。

「ローランド。」

「はい、ターシャお嬢様。」

この初老で身なりの良い男、ローランド。
我が家の家令だ。

そしてこの屋敷の中では非常に心優しく、エレーナを気にしている。今回だってお茶会のことで止めるのは彼がするはずだった。先に取っちゃったけど。

「私の部屋の隣、綺麗に掃除されていたかしら?」

「い、いいえ。埃まみれでございます。」

彼の目が泳いだ。

多分、エレーナをそこに放り込め、と私が言うと思ったからだろう。いつもでもそんなことは言わない。けれども、この傷だらけの半分だけの妹にそんなことはできない。

「ならすぐ片づけなさい。エレーナは私の部屋に運び込んで治療させなさい。間違ってもいつもの屋根裏部屋ではダメ。お母様には『ターシャが遊んでいる』と伝えなさい、いいですね。」

その言葉にローランドの瞳が揺れた。少しうるんでいる気がしたのは気のせいではないだろう。

「ローランド。これ以上ね、同じ年の妹が傷つけられるのは見たくないの。手を貸してくれない?」

「はい、ターシャお嬢様。」

「急いで連れて行きなさい。治療も……傷一つ残らないように。」

その言葉にローランドは急いでエレーナを抱き上げて私の部屋がある二階に向かっていった。もう少ししたら着飾った母と姉が来るだろう。見送ったらエレーナを見に行くつもりでいた。

「あ、あの。ターシャお嬢様。」

急に声をかけてきたのはメイドの一人だった。
エレーナと仲のいいメイド。
幸いなことに、私の立ち位置はいたって普通。

あ、まず我が家の説明からしないとね。

私たちの家はオクレール公爵家。

父はもう亡くなっているが、家門としての勢いは衰えてはいない。
母はバランド公爵家の次女で、現バランド公爵は母の兄だったりする。

ちなみに母の姉は当時の王太子に嫁いで、なおかつ王子を二人も生んでいるので、王子と私と姉は従兄妹にあたる。それを盾に傍若無人なふるまいをする母と姉は正直、社交界でもコソコソ言われているのは知っている。

何せ、それを王宮の子供たちの茶会で現王太子が言っているのを聞いてしまったのだ。

確かに母は美しい。

漆黒の髪は宵闇のように艶やかで、シルバーグレーの瞳はその夜空の中に浮かぶ満月のよう。男たちを魅了しそうな豊満なシルエットは立っているだけで目を引く。そして母に似た姉も美しい。妖艶な薔薇のような姿だ。そして薔薇ように苛烈な棘も持っている。

そんな姉とは反対に、父にそっくりな私。
エレーナは完全に彼女の母親に瓜二つだった。

「お嬢様?」

「ああ、ごめんなさいアリー。何が御用?」

彼女は驚いた顔をしていた。それもそうだろう、私は今までメイドの名前なんて呼んだことがない。

実はちゃんと覚えていたのよ、私。

「エレーナ様の、看病。私にやらせていただけないでしょうか?」

「……今はだめよ。お母様に怪しまれるわ。」

「そうですか……。」

残念そうに彼女は下を向いた。できることなら彼女に看病させたかった。そこでハタっと思いついた。

「アリー、絶対に話を合わせなさい。うまくいけば貴女にエレーナを看病させてあげる。」

その言葉に彼女は顔を上げた。
言うなれば驚いた顔だろう。

それと同時に母と姉が支度を終えてエントランスに来た。

派手なドレスは母の豊満な肉体に似合っているし、姉もあんな風に毒々しい夫人になるんだろうな、と心の隅で思った。

「ではターシャ。行ってくるわ。」

「ああ、お母様、お願いがあるのです。」

そう言いながら乱暴にアリーの腕を掴んで母と姉の前に転ばせる。驚いた顔でアリーは私を見上げてきた。

「ああ、『アレ』のメイド?」

「そうです、お母様、この娘を私の専属にしたいの、いいですよね?」

ニコッと笑えば母は毒のある美しいかをでほほ笑んだ。

「いい案よ、ターシャ。その娘は今日から貴女の専属よ。」

その言葉に私は笑った。馬鹿なお母様。そう思いながら母と姉を見送った。

「さて、アリー立てる?」

そう言って放心状態のアリーに手を差し伸べた。驚きが連発した彼女はどうしていいのか分からないような顔で手を取って、そして立ち上がった。

「ターシャお嬢様。」

「アリー、いいこと、これからお母様もお姉様も騙し切ってエレーナを守らないと。それと、皆さん協力してくれる?」

その言葉に使用人たちの視線が集まった。

先ほどからの私の様子がおかしいと思っていたのだろう。

元々の私、ターシャ・オクレールは物静かで、母や姉に同調はしないものの、止もしなかった。そんな私は常々、エレーナの境遇に胸を痛めていたらしい。

だが、止めることもできなかった。

そんな私に、急に記憶が戻ったのだ。28歳で亡くなった女性の記憶が。一瞬にして混ざって、溶けた。

「もうね、これ以上は我慢できない。けれど私はまだ12歳。どうしようもできない。だから助けて、私も、エレーナも。」

その言葉に一番最初に反応したのはローランドだった。

片膝をついて頭を下げる。それは忠誠を誓うものにするものだった。それに続くようにアリーは膝を折り、カーテシー。侍従と侍女たちが、そしてメイド。どんどんと言葉にせずに同じ礼を取る。

「ありがとう。まず、エレーナの治療を。」