Side ステファン
兄上の婚約者が王宮に来るタイミングを狙ってターシャの所を訪れるようにしていた。
できるならば頻繁にターシャの所に行きたいが、彼女は家の雑務で忙しい。
エレーナ嬢が一緒であれば十中八九、二人は仕事をしている。
お茶をしたり、観劇などにも出かけたりしたが、どうにも仕事が気になってしまうようだった。
オクレール公爵家の紋が入った馬車がちょうど王宮のエントランスに止まった。優雅な所作で降りてきたのはターシャの妹、エレーナ嬢だった。
「やあ、エレーナ嬢。」
「ご無沙汰しております、ステファン第二王子殿下。」
完璧なまでのカーテシー。
彼女ほど王妃にふさわしい令嬢はいないだろう。
いや、一人いるけれども、彼女を渡す気はない。
「これからターシャに会いに行くから入れ替わりになるね」
わざとらしくその言葉を口に出せば、彼女は笑みを深くした。
エレーナ嬢は令嬢らしく扇で口元を隠す。
「今日なら、お姉様からいい知らせがございますよ」
その言葉で、ハッと気づいた。
どうやら彼女たちは本当に二年で実家を立て直したらしい。
立て直したどころか、王家に嫁がせるだけの持参金も用意できたということだろう。
「そうか、やっとだね。」
正直に言ってしまえば、王命を貰った時点で、僕とターシャの結婚は可能だった。
しかし、僕にとっては不運にも兄上がエレーナ嬢を選んでしまった。
僕が兄よりも先に結婚するという父の案を一刀両断したのは、ターシャとエレーナ嬢の外祖父二人。
最悪の場合は外祖父二人が補填するだろう、と父上は言っていたが、その最悪にはならなかった。
「お祝いの言葉と言いたいけれども、それは兄上からもらうべき言葉だから言わないでおくよ」
「ええ、私もそれはお姉様に掛けていただきたいですわ」
ニコリと笑い合う。意外とエレーナ嬢は強かだ。ある意味では義母上に非常に似ている。
「じゃあ、僕も行くよ」
そう言いながら今度は僕が王家の紋章が入った馬車に乗った。
エレーナ嬢はもう一度カーテシーを披露してから王宮に入っていった。
そんなに遠くない貴族の邸宅。
それがオクレール公爵家の王都邸だった。
開かれた玄関ではオクレール公爵家の家令、ローランドが立っていた。他の使用人たちも頭を下げる。
「珍しいね、ローランド。ターシャが向けえてくれないなんて」
その言葉にローランドは少し困ったように笑った。
「申し訳ございません、第二王子殿下。失礼だとは分かっておりますが、ターシャ様がお疲れのようでして……」
そう説明しながら家令は僕を案内するように歩き出した。
向かった先は彼女がいつもいる執務室だった。
扉をそっと開けた家令。
中に入ってみれば、ソファでもたれ掛かって眠っているターシャ。
「申し訳ございません、昨日は遅くまで執務をしておりまして、本日は顔色も悪かったもので、起こすのを躊躇いました」
ハッキリと言い切った家令。
無礼だし、非礼だと分かっているが、この状況のターシャを起こせなかったのだろう。
気持ちは良く分かる。
「お茶の用意を致しますので、少々お待ちください。」
家令の言葉に手を挙げて答えれば、彼は笑みを深くした。
そのまま歩いて眠っている彼女の髪を触れた。
サラサラとした栗毛色は艶やかで触り心地もよい。
その気配に気が付いたのか、シルバーグレーの瞳がゆっくりと開かれる。
「あれ、ステファン様?」
ゆっくりと覚醒したらしいターシャはニコッと笑った。
「ステファン様、やりましたよ。」
トロンとした目で、花が咲くようにはにかんだ彼女は続ける。
これは、まだ寝ぼけているのだと分かりつつも、僕も口を開いた。
「何をやったのかな?」
寝ぼけている彼女は、借金が無くなってエレーナ嬢を送り出せる、と嬉々として語るのだと思った。
しかし、彼女はとんでもないことを口にした。
「愛人、四人までは認めます!子供の兄弟は多い方がいいですから~」
ふふふ、と笑う彼女。
これが心からの言葉だと分かるがゆえに、腹立たしい。
つまり、ささやき続けた彼女への言葉は何一つ伝わっていないのだ。
「あー、もう」
呆れた言葉しか出てこない。
だが、同時に思う。
彼女に愛人を認めさせない方法を考えるより、僕自身を強烈に意識させる方が先だろう。
「そうだね、ターシャ。頑張って——四人くらい産んでね?」
にこりと笑って答える。彼女はその真意を理解していないだろう。
そろそろスキンシップを増やして、真っ赤になる顔を見たい。
だがそれは、結婚して逃げられなくなってから。
今はまだ、じっくり追い詰める時だ。
兄上の婚約者が王宮に来るタイミングを狙ってターシャの所を訪れるようにしていた。
できるならば頻繁にターシャの所に行きたいが、彼女は家の雑務で忙しい。
エレーナ嬢が一緒であれば十中八九、二人は仕事をしている。
お茶をしたり、観劇などにも出かけたりしたが、どうにも仕事が気になってしまうようだった。
オクレール公爵家の紋が入った馬車がちょうど王宮のエントランスに止まった。優雅な所作で降りてきたのはターシャの妹、エレーナ嬢だった。
「やあ、エレーナ嬢。」
「ご無沙汰しております、ステファン第二王子殿下。」
完璧なまでのカーテシー。
彼女ほど王妃にふさわしい令嬢はいないだろう。
いや、一人いるけれども、彼女を渡す気はない。
「これからターシャに会いに行くから入れ替わりになるね」
わざとらしくその言葉を口に出せば、彼女は笑みを深くした。
エレーナ嬢は令嬢らしく扇で口元を隠す。
「今日なら、お姉様からいい知らせがございますよ」
その言葉で、ハッと気づいた。
どうやら彼女たちは本当に二年で実家を立て直したらしい。
立て直したどころか、王家に嫁がせるだけの持参金も用意できたということだろう。
「そうか、やっとだね。」
正直に言ってしまえば、王命を貰った時点で、僕とターシャの結婚は可能だった。
しかし、僕にとっては不運にも兄上がエレーナ嬢を選んでしまった。
僕が兄よりも先に結婚するという父の案を一刀両断したのは、ターシャとエレーナ嬢の外祖父二人。
最悪の場合は外祖父二人が補填するだろう、と父上は言っていたが、その最悪にはならなかった。
「お祝いの言葉と言いたいけれども、それは兄上からもらうべき言葉だから言わないでおくよ」
「ええ、私もそれはお姉様に掛けていただきたいですわ」
ニコリと笑い合う。意外とエレーナ嬢は強かだ。ある意味では義母上に非常に似ている。
「じゃあ、僕も行くよ」
そう言いながら今度は僕が王家の紋章が入った馬車に乗った。
エレーナ嬢はもう一度カーテシーを披露してから王宮に入っていった。
そんなに遠くない貴族の邸宅。
それがオクレール公爵家の王都邸だった。
開かれた玄関ではオクレール公爵家の家令、ローランドが立っていた。他の使用人たちも頭を下げる。
「珍しいね、ローランド。ターシャが向けえてくれないなんて」
その言葉にローランドは少し困ったように笑った。
「申し訳ございません、第二王子殿下。失礼だとは分かっておりますが、ターシャ様がお疲れのようでして……」
そう説明しながら家令は僕を案内するように歩き出した。
向かった先は彼女がいつもいる執務室だった。
扉をそっと開けた家令。
中に入ってみれば、ソファでもたれ掛かって眠っているターシャ。
「申し訳ございません、昨日は遅くまで執務をしておりまして、本日は顔色も悪かったもので、起こすのを躊躇いました」
ハッキリと言い切った家令。
無礼だし、非礼だと分かっているが、この状況のターシャを起こせなかったのだろう。
気持ちは良く分かる。
「お茶の用意を致しますので、少々お待ちください。」
家令の言葉に手を挙げて答えれば、彼は笑みを深くした。
そのまま歩いて眠っている彼女の髪を触れた。
サラサラとした栗毛色は艶やかで触り心地もよい。
その気配に気が付いたのか、シルバーグレーの瞳がゆっくりと開かれる。
「あれ、ステファン様?」
ゆっくりと覚醒したらしいターシャはニコッと笑った。
「ステファン様、やりましたよ。」
トロンとした目で、花が咲くようにはにかんだ彼女は続ける。
これは、まだ寝ぼけているのだと分かりつつも、僕も口を開いた。
「何をやったのかな?」
寝ぼけている彼女は、借金が無くなってエレーナ嬢を送り出せる、と嬉々として語るのだと思った。
しかし、彼女はとんでもないことを口にした。
「愛人、四人までは認めます!子供の兄弟は多い方がいいですから~」
ふふふ、と笑う彼女。
これが心からの言葉だと分かるがゆえに、腹立たしい。
つまり、ささやき続けた彼女への言葉は何一つ伝わっていないのだ。
「あー、もう」
呆れた言葉しか出てこない。
だが、同時に思う。
彼女に愛人を認めさせない方法を考えるより、僕自身を強烈に意識させる方が先だろう。
「そうだね、ターシャ。頑張って——四人くらい産んでね?」
にこりと笑って答える。彼女はその真意を理解していないだろう。
そろそろスキンシップを増やして、真っ赤になる顔を見たい。
だがそれは、結婚して逃げられなくなってから。
今はまだ、じっくり追い詰める時だ。

