Side ターシャ

何が変わったといえばオクレール公爵家の財政がとうとう黒字転換したことだ。
二年、よく頑張った私、と今日届いたばかりの書類を見ながら涙を堪えた。

「お、お姉様ぁ!」

今にも泣きそうなエレーナ。

この二年間本当に頑張ったと思う。

今まで大変な思いをさせてきた使用人達を一人も解雇することなく、給料もそのままに今までの赤字を補填していった。

ほとんどがお母様とお姉様のドレスや装飾品代だったので、装飾品は売り払って、ドレスはフルオーダーメイドなので売り払っても二束三文。
なら、リメイクして私達で着ようとここ二年1枚もドレスを仕立てなかった。

まぁ、お母様とお姉様の有り余るドレスのおかげで、そんな様子は微塵も見せなかったけど。

ついでにお母様とお姉様に支払われる予定の分配金はすべてその赤字補填に使うとのことで没収した。
二人は喚いていたらしいけど、規律の厳しい修道院で今どうしているかは知らない。

知る気もない。

「エレーナ、これで貴女の持参金も出せるわ。」

そう、エレーナを第一王子が望んだ。

けれども、我がオクレール公爵家の状態では王家に持参金を出せなかった。

王が先にステファン様を臣籍降下させて、その時に持たせる支度金を使って今度はエレーナを嫁がせればいい。との案を出してくれた。

しかし、それはバランドのお爺様も、ロジェのお爺様も体面が良くないと言った。

私もそう思うし、いざ飢饉だ、なんだ、と国が大変なときにそう言ったところを突かれる。

国王が提案した案で、嫁いだ今の国王の母がそれを苦に命を断ったとうのを知っているお爺様方は断固として反対した。

そして持参金はバランド家とロジェ家から出すと言ったが、私達はそれを断った。

正しく言えば、2年で好転できると計算できていたからだ。

『ここで私達が自分たちで乗り越えないと他の方々が認めてくれません。』

はっきり言い切ったのはエレーナだった。強くなって……と思わず目尻が熱くなってきた。歳かしら?

『エレーナの言う通りです。二年あれば変わります。それまで見守ってください、お爺様たち。』

あえて言おう、当時14歳の小娘二人がどうやるんだって思うだろう。
でもお爺様たちはやってみればいい、失敗しても助けてやるからと豪快に笑った。

何をしたかというと、平民向けに絵本を作った。
嘗ての記憶をもとに作り出した童話は平民の識字率を上げる結果になった。
それ以外にも平民向けの安くて少しおしゃれなものを売り出してみれば、意外とお金になった。
貴族の着なくなったドレスを使って作った小物など、本当に売れた。

元々領地からの一定数のお金と、平民向けの小銭稼ぎが思った以上にうまくいって、一代財産になっていた。父の代から仕えてくれたローランドは涙ぐんでいた。

「エレーナ。今日は王宮に行くの?」

「ええ、王妃教育の日ですわね。お姉様は?」

「今日はステファン様がいらっしゃることになっているわ。エレーナ、王妃様宛に手紙を書くので渡して下さる?」

「ええ、国王陛下にお伝えする手紙ですね。」

エレーナに預けるための手紙をしたためて、そしてオクレール公爵家の印で閉ざす。

これでエレーナを王家に送り出せる。
本当にエレーナは頑張った。

最初の頃、エレーナは自分が王妃になるには力不足と引いていたが、もう、それこそ、すごい勢いでエレーナを口説いていた。

王妃様の話ではそれが王家の血らしく、その様子を遠い目をして見ていらっしゃるところを見ると、これは時間の問題だと思った。

「時間の問題というか、もはや折れるかの話だったな、あれ。」

エレーナは最終的に折れた。

エレーナが王家との橋渡しになるなら私とステファン様の結婚は要らないのでは?と口を滑らせた瞬間、王妃様が優しく微笑んだ。

『あれは王命ですからもう覆されませんし、あと覆そうものならターシャは覚悟しないとなりませんね』

よくわからないけど言いようもない薄ら寒さは感じた。

その時、真夏であったはずだけども。

書き上げた手紙を待っていたエレーナに渡し、エレーナの乗る馬車を眺めていた。
執務室に戻ってソファに腰かける。

本当に疲れた。でも頑張ったわ。

そう思ったときにはもう、瞼は落ちていた。