Side アレックス

今年のデビュタントの会場には例年より少ない貴族の令息・令嬢がそろっていた。

少ないといっても、少ないのは主役の14歳の令息・令嬢で、その家族を含めれば、全体の参加者は増えている。

毎年、デビュタントの令息は一人で、令嬢は父親、もしくは後見人のエスコートで入場する。

最後に家格が一番高い令息もしくは令嬢が入場する。
今年の最後はオクレール公爵家の令嬢二人となる。

「姉があんな調子だ。入場の時点で揉めるのだろうな。」

そう呟いた言葉は弟にしか聞こえていないようだった。小さなため息を傍からは感じさせないように入場口を見つめていた。

「オクレール公爵家令嬢、ターシャ様、エレーナ様
バランド前公爵閣下、ロジェ子爵閣下、お付き添いにてご入場です!」

その言葉に会場がざわめいた。

オクレール公爵家の末娘は平民の娘と聞いていた。
それは間違えなく彼女たちの姉であるオリバー嬢が言っていた言葉だ。

しかし、オクレール公爵家の令嬢二人は優劣を付けずに並んで入場した。

入場口から繋がるカーペットはギリギリ四人が並んで歩けるスペースだ。

それをバランド前公爵、ロジェ子爵とどちらも足を踏み外すことなく歩んでくる。
誰もがあまりに綺麗なその入場に釘付けになった。

バランド前公爵は嘗て「氷の公爵」と呼ばれるほどの美しさを持っていた。今でもその片鱗はある。その公爵がエスコートするのは栗毛の髪にシルバーグレーの瞳をした少女。
色合いは違えど顔立ちはバランド前公爵とよく似ていて美しい。

反対を歩くのはロジェ子爵。若い頃は美女たちの視線を奪い続けたというロジェ商会の会長。そして笑顔を浮かべたまま話の主導権を握る話術から子爵位を与えられたやり手。その子爵がエスコートするのは金色の髪にブルーグレーの瞳をした少女。
顔立ちは子爵と異なり、可愛らしいが、色合いはロジェ子爵とよく似て、こちらもまた美しい。

カーペットの途中でバランド前公爵とロジェ子爵が令嬢たちの手を離した。

その手が離れた瞬間、二人の令嬢はその場で王家に向かいカーテシーをする。

広がったドレスの刺繍、レース、リボン。どれをとっても最高級品にしか見えない。

そして二人の寸分の狂いもない同時のカーテシーはどの令嬢よりも綺麗で目が離せなくなった。

「よく来たオクレール公爵令嬢。面を上げよ。」

しばらく、視線を奪い続けた二人にやっと声を掛けたのは王である。

その間、二人の令嬢は微動だにしないカーテシーの姿勢を披露していた。

「オクレール公爵令嬢。二人のデビューを祝福しよう。」

その言葉の後に二人は他の令嬢方が並ぶ列に並んだ。
誰もが思ったであろう。

オクレール公爵令嬢の二人は母と姉と決別したというのをデビュタントの場で示したような形になるのだ。

「兄上、噂とはあてにならないものですね。」

ぽつりと呟いた弟の言葉。そんな弟の顔を見ればジッとオクレール公爵令嬢を見つめていた。

確かに噂を丸のみにするべきではなかった。
そして、デビュタントの令息・令嬢はダンスホールに並び、婚約者がいる者は婚約者と、居ないものは父や母。そして後見人とファーストダンスを踊る。

オクレール公爵令嬢の二人は先ほどエスコートしてきたバランド前公爵とロジェ子爵と踊っていた。

「お父様が出て来てくださって良かったわ。」

ホッとしたような母上の声。
バランド前公爵は母上の父上。私からすれば外祖父に当たる。
そしてジッと今度はロジェ子爵に視線を向けた。

「オクレール公爵家のエレーナ嬢はロジェ子爵の孫娘。オクレール公爵夫人(我が妹)が虐げていい身分ではないの。それをターシャ嬢は分かっているのね。流石、亡きオクレール公爵の愛娘ですわ。」

母上は誇らしげに二人の公爵令嬢を見ていた。
扇で隠れている口元は綺麗な弧を描いている。

音楽と共にダンスは終わる。

これから婚約者の居ない令嬢たちは令息たちからのお誘いをひたすら壁際で待つのだ。
案の定、オクレール公爵令嬢二人は壁際に移った。
そこまでエスコートしたバランド前公爵とロジェ子爵は、満足気に二人で社交の場に戻っていく。

「父上、義母上、ダンスに誘いたい令嬢が居ります。」

弟はそう、王と王妃に声を掛けた。その視線はオクレール公爵令嬢たちに向いている。

「ちなみにどちらが姉か分かりますか?」

「ターシャ嬢、私の姪が姉になるわ。」

「なら失礼にはあたりませんね。」

そう言って弟は会場の視線を釘付けにしている二人の元へ向かった。
弟の前に自然と道ができていた。

真っ直ぐに向かった先には青のドレスを纏ったターシャ嬢。

彼女にダンスの申し込みをしていた。その様子に少しホッとした自分がいた。

「お前は行かなくていいの?」

母の声に我に返った。向いている先は弟が選ばなかった令嬢。
彼女はターシャ嬢と弟がダンスホールへ繰り出ていく姿を満足気に見ている。

「私は令嬢の情報は逐一連絡が来るようになっているの。ターシャ嬢もエレーナ嬢も私の家庭教師をした伯爵夫人が太鼓判を押すほどの令嬢よ。あとは貴方がどうするか次第ね、アレックス。」

母上の言葉に背を押されるように、ホールへと降りて行った。
焦らないようにゆっくりと降りていけば、エレーナ嬢に向かう道ができる。
弟とターシャ嬢にくぎ付けになっているエレーナ嬢に手を差し出した。

「私と踊っていただけますか?」

春のような黄色いドレスを纏ったエレーナ嬢の瞳が、大きく見開かれた。