バルコニーへの入口には、騎士が二人立っていた。そのおかげで、先ほどのやりとりに聞き耳を立てていた貴族はいないようだ。
(きっとこれも、ライオネル殿下の指示ね)
王太子が「本当なら、レオンが王位を継いだほうがいい」と言っていた意味がディアナにも少し分かったような気がする。
会場に戻ると、つつがなくパーティーは進んでいた。
王太子のもとに戻るのかと思っていたが、ライオネルはそのまま会場から出てしまう。
「いいのですか?」
「ああ、俺達の婚約発表は済んだし、兄嫁の誕生日も祝ったからな」
ライオネルの蝶は、『心配だ』と囁いている。初めてライオネルと出会ったときも、初対面のディアナのケガをずっと心配してくれていた。
(殿下って、こう見えて心配性なのよね)
クスッと笑ったディアナに、ライオネルは気がついたようだ。
「気分はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
ライオネルは、「パーティーが終わった後、あなたに話したいことがある」と言っていた。これからその話をするのかと思ったが、たどり着いたのは馬車乗り場だった。
すぐに王家の馬車が近づいてくる。その間、ライオネルはディアナを見つめていた。
「今夜はいろいろありすぎた。今のあなたに俺の想いを告げるのは卑怯な気がする。また日を改めさせてほしい」
(私を気遣ってくださっているのね……)
ライオネルはいつだってディアナの気持ちを優先してくれる。
(でも、私は蝶のおかげで殿下の好意を知っているけど、私は殿下に自分の本当の気持ちを話したことがないわ)
ライオネルのエスコートで馬車に乗ったディアナは、そっとライオネルの大きな手を握りしめた。そして、遠慮がちに馬車内へと引っ張る。驚きながらもライオネルは、馬車に乗り込んでくれた。
「殿下にお話があります」
御者が馬車の扉を閉めたあと、馬車はゆっくりと走り出す。
向かいの席に座っているライオネルは、仮面を外しながらため息をついた。
「俺は今からあなたに振られるのだろうか?」
そう呟いたライオネルは、先ほどとは別人のように落ち込んでいる。
「ど、どうしてそう思うのですか?」
「聡いあなたなら、これだけ前置きをすれば、もう俺の気持ちに気がついているだろう?」
「それは……」
「分かっているんだ。ただの契約婚約の関係なのに、俺はあなたにそれ以上のことを求めようとしている。お互いの目的を達成したら、あなたは自由にしていいと約束したのに。これでは契約違反だ」
悲しそうに目を伏せたライオネルを見て、ディアナは思った。
(私の気持ちを話さないと)
ディアナは、ライオネルを見つめた。
「殿下……。私には愛がよく分からないのです。だって愛は、私の父のように月日と共に消えてしまったり、ロバート様のような恐ろしい想いも愛と呼んだりするから……」
ぎゅっと両手を握りしめる。
「でも、私は殿下に好かれたいと思ってしまっているのです。もし、私を好意的に見てくださっているのなら、それはとても嬉し――」
「愛している」
ディアナの言葉をライオネルが遮った。驚くディアナの耳にもう一度「愛している」と聞こえる。
「俺だって愛など分からない。だから、あなたが愛を分からなくてもいい。ただ、あなたのそばにいたい。これから共に過ごしたい。あなたの笑顔を見たい。一緒に年を重ねていきたい。そんな理由ではダメだろうか?」
馬車の中に降り注ぐ花びらは真っ赤で、彼の蝶は『大切だ』と囁いている。
(大切……。そうね、愛なんて言葉は難しくてよく分からないけど、大切にしたいなら私も同じ気持ちだわ)
「私も、殿下のことが大切です」
「ありがとう。あなたが少しでも安心できるように、今後は結婚生活のために新しい契約書を作ろう。そんなことはありえないが、もし俺があなたを裏切ったら、殺してしまってかまわない」
「それって、私が裏切ったら殺すおつもりですか?」
「いいや。だが、浮気相手の男は殺してしまうかもな」
ライオネルは、冗談を言っているような顔ではない。
「浮気するのは命がけということですね」
「そうだ。分かりやすいだろう?」
「そうですね、助かります。それに、殿下は私が思っている以上に、私のことがお好きなようで、少し驚いています」
優しく微笑んだライオネルは、席を移動してディアナの隣に座った。
「あなたを束縛する気はない。だが、あなたの隣りを誰かに譲りたくはないんだ。お願いだからどうか、俺のことはレオと」
「そうでしたね。レオ様」
ライオネルの大きな手が、ディアナの頬に触れた。
「……口づけても?」
「断ったら、しないのですか?」
ディアナがクスッと笑うと「それは難しい」とライオネルも笑う。
どちらともなく顔が近づき、二人の唇が重なった。
幸せな気持ちに包まれていたが、そのあとライオネルが「ディー、ディア、アナ」とブツブツ言い出したので、ディアナは首をかしげた。
「レオ様?」
「あなたの愛称は何がいい?」
ライオネルの顔が真剣そのものだったので、ディアナは吹き出してしまった。
「どうぞ、お好きに呼んでください」
(きっとこれも、ライオネル殿下の指示ね)
王太子が「本当なら、レオンが王位を継いだほうがいい」と言っていた意味がディアナにも少し分かったような気がする。
会場に戻ると、つつがなくパーティーは進んでいた。
王太子のもとに戻るのかと思っていたが、ライオネルはそのまま会場から出てしまう。
「いいのですか?」
「ああ、俺達の婚約発表は済んだし、兄嫁の誕生日も祝ったからな」
ライオネルの蝶は、『心配だ』と囁いている。初めてライオネルと出会ったときも、初対面のディアナのケガをずっと心配してくれていた。
(殿下って、こう見えて心配性なのよね)
クスッと笑ったディアナに、ライオネルは気がついたようだ。
「気分はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
ライオネルは、「パーティーが終わった後、あなたに話したいことがある」と言っていた。これからその話をするのかと思ったが、たどり着いたのは馬車乗り場だった。
すぐに王家の馬車が近づいてくる。その間、ライオネルはディアナを見つめていた。
「今夜はいろいろありすぎた。今のあなたに俺の想いを告げるのは卑怯な気がする。また日を改めさせてほしい」
(私を気遣ってくださっているのね……)
ライオネルはいつだってディアナの気持ちを優先してくれる。
(でも、私は蝶のおかげで殿下の好意を知っているけど、私は殿下に自分の本当の気持ちを話したことがないわ)
ライオネルのエスコートで馬車に乗ったディアナは、そっとライオネルの大きな手を握りしめた。そして、遠慮がちに馬車内へと引っ張る。驚きながらもライオネルは、馬車に乗り込んでくれた。
「殿下にお話があります」
御者が馬車の扉を閉めたあと、馬車はゆっくりと走り出す。
向かいの席に座っているライオネルは、仮面を外しながらため息をついた。
「俺は今からあなたに振られるのだろうか?」
そう呟いたライオネルは、先ほどとは別人のように落ち込んでいる。
「ど、どうしてそう思うのですか?」
「聡いあなたなら、これだけ前置きをすれば、もう俺の気持ちに気がついているだろう?」
「それは……」
「分かっているんだ。ただの契約婚約の関係なのに、俺はあなたにそれ以上のことを求めようとしている。お互いの目的を達成したら、あなたは自由にしていいと約束したのに。これでは契約違反だ」
悲しそうに目を伏せたライオネルを見て、ディアナは思った。
(私の気持ちを話さないと)
ディアナは、ライオネルを見つめた。
「殿下……。私には愛がよく分からないのです。だって愛は、私の父のように月日と共に消えてしまったり、ロバート様のような恐ろしい想いも愛と呼んだりするから……」
ぎゅっと両手を握りしめる。
「でも、私は殿下に好かれたいと思ってしまっているのです。もし、私を好意的に見てくださっているのなら、それはとても嬉し――」
「愛している」
ディアナの言葉をライオネルが遮った。驚くディアナの耳にもう一度「愛している」と聞こえる。
「俺だって愛など分からない。だから、あなたが愛を分からなくてもいい。ただ、あなたのそばにいたい。これから共に過ごしたい。あなたの笑顔を見たい。一緒に年を重ねていきたい。そんな理由ではダメだろうか?」
馬車の中に降り注ぐ花びらは真っ赤で、彼の蝶は『大切だ』と囁いている。
(大切……。そうね、愛なんて言葉は難しくてよく分からないけど、大切にしたいなら私も同じ気持ちだわ)
「私も、殿下のことが大切です」
「ありがとう。あなたが少しでも安心できるように、今後は結婚生活のために新しい契約書を作ろう。そんなことはありえないが、もし俺があなたを裏切ったら、殺してしまってかまわない」
「それって、私が裏切ったら殺すおつもりですか?」
「いいや。だが、浮気相手の男は殺してしまうかもな」
ライオネルは、冗談を言っているような顔ではない。
「浮気するのは命がけということですね」
「そうだ。分かりやすいだろう?」
「そうですね、助かります。それに、殿下は私が思っている以上に、私のことがお好きなようで、少し驚いています」
優しく微笑んだライオネルは、席を移動してディアナの隣に座った。
「あなたを束縛する気はない。だが、あなたの隣りを誰かに譲りたくはないんだ。お願いだからどうか、俺のことはレオと」
「そうでしたね。レオ様」
ライオネルの大きな手が、ディアナの頬に触れた。
「……口づけても?」
「断ったら、しないのですか?」
ディアナがクスッと笑うと「それは難しい」とライオネルも笑う。
どちらともなく顔が近づき、二人の唇が重なった。
幸せな気持ちに包まれていたが、そのあとライオネルが「ディー、ディア、アナ」とブツブツ言い出したので、ディアナは首をかしげた。
「レオ様?」
「あなたの愛称は何がいい?」
ライオネルの顔が真剣そのものだったので、ディアナは吹き出してしまった。
「どうぞ、お好きに呼んでください」


