その日、侯爵令息であるロバートは、パートナーを連れず一人でパーティーに参加していた。
いつもエスコートしていたディアナはもういない。父が代わりの婚約者を探しているが、いまだにうまくまとまっていなかった。
それというのも、どの令嬢もディアナより劣るくせに、ディアナのように従順ではないせいだ。
ロバートが少し声を荒げただけで、相手はすぐに泣き出し「このお話はなかったことに」と断られてしまう。
(やはりディアナがいい。ディアナともう一度、婚約しなければ)
婚約が解消されたあと、しばらくすればディアナのほうから「助けて」とすがりついてくるかと思っていた。しかし、どれだけ経っても、ディアナから連絡はこない。
(きっとディアナも、まだ婚約者が決まっていないんだ。だから、多くの貴族が集まるこのパーティーに出会いを求めて参加するはず)
仕方がないのでロバートから声をかけて、復縁してやるつもりだった。
(父もディアナの財力は惜しいと言っていたから、新しい婚約が成立していない今、私達の婚約を受け入れてくれるだろう)
ファンファーレが鳴り響き、王太子と王太子妃がにこやかに入場した。
他の貴族達と同じように、ロバートも礼儀正しく頭を下げる。
(そういえば、あの噂は本当だろうか?)
王太子妃の誕生日を祝うこのパーティーで、第二王子ライオネルの婚約者が発表されるという噂が広まっていた。
下級貴族達は「英雄に見染められた幸運な令嬢は誰だろうか?」と囁きあっている。しかし、事情を知っている上級貴族達の反応は冷ややかだった。
ロバートもそんな冷めた貴族の一人だ。
(国王陛下が、第二王子殿下に敗戦国の姫との婚約を勧めたと聞いている。それを断るために、急きょ生贄にされた哀れな令嬢はどこの誰だ?)
またファンファーレが鳴り響き、係の者が高らかに名前を呼び上げる。
「第二王子ライオネル殿下と、その婚約者ディアナ・バデリー令嬢のご入場です」
ロバートは最初に自分の耳を疑った。
(誰がライオネル殿下の婚約者だって?)
ライオネルにエスコートされながら、美しい令嬢が目の前を通り過ぎていく。そのとき、ロバートは耳だけではなく自分の目も疑った。
(これが、ディアナなのか?)
洗練された装いに目を奪われたが、それ以上にロバートが衝撃を受けたのは、ディアナの表情だった。
うっすらと頬を染めながら、幸せそうに微笑んでいる。そんな表情、ロバートの前では一度だって見せたことがなかった。
ロバートが呆然としている間に、王太子が高らかに宣言する。
「皆が知っての通り、国王陛下は体調が芳しくなく長らく公務に参加できていない。よって、この二人の婚約は、次期国王である私が認めよう」
会場中に拍手が鳴り響いた。
ディアナがそっとライオネルを見上げた。笑顔が輝いて見える。ライオネルに少なからず好意を持っているようだ。
(ディアナ、君はなんて愚かなんだ……)
ライオネルは、敗戦国の姫と結婚したくないために、ディアナを利用している。そんなことも知らずに、幸せそうに微笑んでいるディアナが哀れで仕方ない。
(私との婚約がなくなった上、頭の傷のせいで女としての価値が下がってしまったんだな。だから、残虐王子などと蔑まれる男に利用されてしまった。彼女を助けられるのは、もう私しかいない)
それからのロバートは、パーティー中ずっとディアナと話す機会をうかがっていた。しかし、ディアナがライオネルの後を付いて回るので、なかなか話しかけることができなかった。
ロバートが諦めかけたそのとき、チャンスが訪れた。
王太子がライオネルを他の貴族達に紹介している。その間も、ディアナはライオネルの隣を離れなかったが、数人の令嬢達がディアナに声をかけた。
ディアナはそれに笑顔で答えると、一緒に飲み物を取りに行き、その場でしばらく談笑する。
令嬢達との交流を終えたディアナが、ライオネルのもとに戻るその瞬間、ロバートはディアナの腕をつかんでバルコニーへ引っ張った。
「!?」
驚き叫ぼうとするディアナを背後から羽交い絞めにして、その口を手で覆う。
「静かに! 私だ。ロバートだ」
「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえ、ディアナの瞳に涙が滲む。
(感動の涙を浮かべるなんて、よほど私を待っていたようだ)
カタカタと震えるディアナの耳元で、ロバートは優しく囁いた。
「ディアナ、君はライオネル殿下に騙されている。この婚約は長くもたない。敗戦国の姫の嫁入りが消えたとたんに、ライオネル殿下にとって君の利用価値がなくなってしまうからだ」
二度も婚約を解消された令嬢なんて、社交界では死んだも同然だ。
「だから、それまで待っていてやる。殿下に婚約解消されたら、私の元に来るんだ。いいな?」
返事を聞くために、塞いでいた手をそっと離すとディアナは「あ、あなたは一体……何がしたいの? 理解できないわ」と涙を流した。
「それは……」
以前は「どうせ、女なんて誰でも一緒だ」と思っていたが、今となっては「私の妻に相応しいのは、ディアナしかいない」と確信している。そのことをどう伝えたらいいのか、ロバートは迷った。
そうしているうちに、誰かの話し声が近づいてきた。いくらディアナが自分の元に戻ってくるとはいえ、今はライオネルの婚約者だ。
(二人きりでいるのを見られるのはまずい)
ロバートはディアナの拘束を解くと、その場に座り込んだディアナを置いて、一人でバルコニーから出て行こうとした。しかし、それは叶わなかった。
いつもエスコートしていたディアナはもういない。父が代わりの婚約者を探しているが、いまだにうまくまとまっていなかった。
それというのも、どの令嬢もディアナより劣るくせに、ディアナのように従順ではないせいだ。
ロバートが少し声を荒げただけで、相手はすぐに泣き出し「このお話はなかったことに」と断られてしまう。
(やはりディアナがいい。ディアナともう一度、婚約しなければ)
婚約が解消されたあと、しばらくすればディアナのほうから「助けて」とすがりついてくるかと思っていた。しかし、どれだけ経っても、ディアナから連絡はこない。
(きっとディアナも、まだ婚約者が決まっていないんだ。だから、多くの貴族が集まるこのパーティーに出会いを求めて参加するはず)
仕方がないのでロバートから声をかけて、復縁してやるつもりだった。
(父もディアナの財力は惜しいと言っていたから、新しい婚約が成立していない今、私達の婚約を受け入れてくれるだろう)
ファンファーレが鳴り響き、王太子と王太子妃がにこやかに入場した。
他の貴族達と同じように、ロバートも礼儀正しく頭を下げる。
(そういえば、あの噂は本当だろうか?)
王太子妃の誕生日を祝うこのパーティーで、第二王子ライオネルの婚約者が発表されるという噂が広まっていた。
下級貴族達は「英雄に見染められた幸運な令嬢は誰だろうか?」と囁きあっている。しかし、事情を知っている上級貴族達の反応は冷ややかだった。
ロバートもそんな冷めた貴族の一人だ。
(国王陛下が、第二王子殿下に敗戦国の姫との婚約を勧めたと聞いている。それを断るために、急きょ生贄にされた哀れな令嬢はどこの誰だ?)
またファンファーレが鳴り響き、係の者が高らかに名前を呼び上げる。
「第二王子ライオネル殿下と、その婚約者ディアナ・バデリー令嬢のご入場です」
ロバートは最初に自分の耳を疑った。
(誰がライオネル殿下の婚約者だって?)
ライオネルにエスコートされながら、美しい令嬢が目の前を通り過ぎていく。そのとき、ロバートは耳だけではなく自分の目も疑った。
(これが、ディアナなのか?)
洗練された装いに目を奪われたが、それ以上にロバートが衝撃を受けたのは、ディアナの表情だった。
うっすらと頬を染めながら、幸せそうに微笑んでいる。そんな表情、ロバートの前では一度だって見せたことがなかった。
ロバートが呆然としている間に、王太子が高らかに宣言する。
「皆が知っての通り、国王陛下は体調が芳しくなく長らく公務に参加できていない。よって、この二人の婚約は、次期国王である私が認めよう」
会場中に拍手が鳴り響いた。
ディアナがそっとライオネルを見上げた。笑顔が輝いて見える。ライオネルに少なからず好意を持っているようだ。
(ディアナ、君はなんて愚かなんだ……)
ライオネルは、敗戦国の姫と結婚したくないために、ディアナを利用している。そんなことも知らずに、幸せそうに微笑んでいるディアナが哀れで仕方ない。
(私との婚約がなくなった上、頭の傷のせいで女としての価値が下がってしまったんだな。だから、残虐王子などと蔑まれる男に利用されてしまった。彼女を助けられるのは、もう私しかいない)
それからのロバートは、パーティー中ずっとディアナと話す機会をうかがっていた。しかし、ディアナがライオネルの後を付いて回るので、なかなか話しかけることができなかった。
ロバートが諦めかけたそのとき、チャンスが訪れた。
王太子がライオネルを他の貴族達に紹介している。その間も、ディアナはライオネルの隣を離れなかったが、数人の令嬢達がディアナに声をかけた。
ディアナはそれに笑顔で答えると、一緒に飲み物を取りに行き、その場でしばらく談笑する。
令嬢達との交流を終えたディアナが、ライオネルのもとに戻るその瞬間、ロバートはディアナの腕をつかんでバルコニーへ引っ張った。
「!?」
驚き叫ぼうとするディアナを背後から羽交い絞めにして、その口を手で覆う。
「静かに! 私だ。ロバートだ」
「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえ、ディアナの瞳に涙が滲む。
(感動の涙を浮かべるなんて、よほど私を待っていたようだ)
カタカタと震えるディアナの耳元で、ロバートは優しく囁いた。
「ディアナ、君はライオネル殿下に騙されている。この婚約は長くもたない。敗戦国の姫の嫁入りが消えたとたんに、ライオネル殿下にとって君の利用価値がなくなってしまうからだ」
二度も婚約を解消された令嬢なんて、社交界では死んだも同然だ。
「だから、それまで待っていてやる。殿下に婚約解消されたら、私の元に来るんだ。いいな?」
返事を聞くために、塞いでいた手をそっと離すとディアナは「あ、あなたは一体……何がしたいの? 理解できないわ」と涙を流した。
「それは……」
以前は「どうせ、女なんて誰でも一緒だ」と思っていたが、今となっては「私の妻に相応しいのは、ディアナしかいない」と確信している。そのことをどう伝えたらいいのか、ロバートは迷った。
そうしているうちに、誰かの話し声が近づいてきた。いくらディアナが自分の元に戻ってくるとはいえ、今はライオネルの婚約者だ。
(二人きりでいるのを見られるのはまずい)
ロバートはディアナの拘束を解くと、その場に座り込んだディアナを置いて、一人でバルコニーから出て行こうとした。しかし、それは叶わなかった。


