(それって、ロバート様が、私に好意を抱いていたってこと?)

 しかし、愛し合っているカーラとグレッグが降らせる花びらは赤色だった。

(黒い花びらの意味は……?)

 ロバートが降らせた黒い花びらを見たとき、ディアナは「いい意味ではなさそう」と感じた。

 逆にライオネルが降らせたピンクやオレンジの花びらには、少しも嫌な気持ちにはならなかった。

(花びらの色によって意味が違うということかしら?)

 心配そうなカーラに「ディアナ様?」と声をかけられて、ディアナはハッと我に返る。

「ごめんなさい。考え事をしていたわ」
「もしかして、私の話でご不快になられたのでは?」

 そういうカーラの顔は青ざめている。

「違うの。その、花びらの、いえ、お部屋に飾る花の色をどうしようかと考えてしまって……」

 苦しい言い訳だったが、カーラは信じてくれたようだ。

「そういうことでしたら、ディアナ様のお母様にご相談するのはどうでしょうか?」
「そうね」

 どちらにしろ、ロバートとの婚約解消を母に話さないといけない。

(お母様に、ライオネル殿下との婚約を喜んでもらうのは難しいわよね。でも、私は殿下と契約婚約したことを、絶対に後悔しないわ)

 ライオネルのおかげで、ディアナは望み通りロバートと婚約解消できたのだ。今度は、ライオネルの望みを叶えるために、敗戦国の姫との婚約をなくさなければならない。

 ディアナが母の部屋を訪ねると、ちょうど事務担当者のメイが母を訪ねていた。

(最近は、お母様が中心になって、メイさんにも協力してもらいながら家を取り仕切っているのよね)

 これならば、母が『伯爵夫人の仕事をしていなかった』とは誰も言えないだろう。

 メイはディアナの姿に気がつき、母に会釈した。

「では、私はこれで失礼します」
「あとは、よろしくね」

 母はディアナに微笑みかけた。

「ちょうど休憩しようと思っていたの。ディアナ、一緒にお茶でもどう?」
「いただきます」

 ディアナがソファーに座ると、すぐに母の専属メイドがお茶を運んでくる。

 母はお茶の香りを楽しみながら「どうだった?」とディアナに尋ねた。

 小首をかしげるディアナに母は「ほら、ついさっきあの人が帰ってきたでしょう? 当主代理の件はうまくいったの?」と声をひそめる。

「もちろんです。お父様は内容も確認せず、当主代理の書類にサインをしていました。今頃、グレッグが書類を王宮に提出しているでしょう」

 フフッと母は冷たく笑った。

「そのことに気がついたときの、あの人の顔を見るのが今から楽しみだわ」

 母から出てきた灰色の蝶は『いい気味だわ』と囁いている。

(これでお母様の不安は、ひとまず取り除けたわ。次は……)

 ディアナは、深呼吸してから母を見つめた。

「お母様。実は、私はロバート様とうまくいっていませんでした」

 ロバートを素敵な人だと思っている母が、ディアナの話を信じてくれるかは分からない。それでも、ディアナはこれまでのロバートの言動を母に話した。

 母は口を差し挟まずに、静かにディアナの言葉に耳を傾けてくれている。そして、ディアナが話し終わった後、「はぁ」と大きなため息をついた。

(お母様を失望させてしまったわ……)

 うつむいたディアナに、母の苦笑が聞こえてくる。

「私ったら、本当に男を見る目がないのね」

 驚き、顔を上げたディアナの目に、予想外に母の優しい笑みが映った。

「大変だったのね、ディアナ。ロバート様にまんまと騙されていたわ。気がついてあげられなくてごめんなさい」

 悲痛な表情を浮かべる母の蝶は、『ごめんなさい』を繰り返している。

「謝らないでください。私はお母様が信じてくださっただけで、嬉しくて……」

 こらえきれず涙を浮かべると、母はディアナのそばにきて抱きしめてくれた。

「あなたを信じるのは当たり前でしょう? それよりも、こんな婚約今すぐ破棄よ!」

 ディアナのために怒ってくれるその気持ちが嬉しくて、ディアナは泣きながら微笑んだ。

「その件ですが、実は破棄することが難しかったので、とある方に助けていただいてロバート様と婚約解消することができました」
「それは良かったけど……。とある方って?」

 ディアナはたっぷりと間を置いたあとで、「……ライオネル殿下です」と呟く。

 母の目と口が大きく開いた。

「ライオネル殿下って、あの残虐王子の?」
「違います! その噂は偽りだったのです。殿下は、とても優しくて頼りになる素敵な方です。だから……」

 母に「好きなの?」と尋ねられて、ディアナの頬は赤く染まった。

「わ、分かりません。でも、信頼しています」

 正直に言うと、ライオネルに対する気持ちは、感謝が大きすぎてディアナ自身もよく分かっていない。

 母はフフッと笑った。

「信頼、ね。私もそういう理由で男性を選べば良かったのかしら?」
「そういえば、お母様はどうしてお父様と?」
「私の実家はお金がなくてね。両親からは『誰でもいいから、お金がある人と結婚してくれ』と言われていたの」

 母は昔を懐かしむような目で、どこか遠くを見ている。

「いろんな男性が私に愛を囁いてくれたけど、あの人が一番豪華な贈り物をしてくれたわ。それも、会う度にたくさん」

 美しい母を口説くために、当時の父は金に糸目をつけなかったのだろう。

「それをね、私は愛だと勘違いしてしまったの。こんなに素敵な贈り物をしてくれる人なら、きっと一生私を大切にしてくれるわって思ってしまった」

 目尻に滲んだ涙を、母は指で拭う。

「だから、ディアナは私と違う考えで安心したわ。ライオネル殿下が本当はどういう方なのかは分からないけど、ディアナの判断なら信じられるわ。でも、何か問題が起こったら、今度はすぐに相談してね?」
「はい」

 母の周りを飛んでいた蝶が金色に輝き『愛しているわ』と囁いた。そして、『あなたは幸せになって』と言葉を続ける。

「お母様……。愛しています。一緒に幸せになりましょう」

 ボロボロと涙を流すディアナを、母も「急にどうしたの?」と笑いながら涙を流した。