視線の先にいつもあの人がいることを私は知っていて、わかっていて声をかけた。

「木戸君」 パって振り返った彼は一瞬ばつの悪そうな顔をしてから表情を切り替えた。
「なんだ鍋島かよ」
「悪かったわね」

 あの人じゃなくて。
 その言葉は言わずに飲み込んだ。悪態をつきながら木戸君の隣に並び、そ知らぬふりをして同じ視線の先を辿る。
 やっぱりいるのだ。黒髪のロングにベロア生地の黒いカチューシャをつけている。
 サッカー部のマネージャーをしているからベンチに座って何か書いている。こんな弱小部にマネージャなんかいるのか?なんて思いつつ、木戸君はそんな姿をきっと可愛くて一生懸命と評しているのだ。

「部活サボって黄昏てんの?」
「今日は休み、疲れたからぼーとしてんの」

 バスケ部は水曜日が休みなのだ。

「暇人。一緒にサッカー部に混ぜてくださいとか言ってみたら?」
「馬鹿、鬼の哲郎に殺されるわ」
「間違いない」

 視線の先のあの人が振り返った。私達を見つけてにこやかに手を振った。
 振り返したくないな、と思いながら手を振る。木戸君はぎこちなく小さく振る。顔も硬直して能面のようだった。