君と青空







……でも、


…6月の“あの日”から学校に行きづらくなった。

それは私が原因であることは、自分が1番理解していた。







でも、その時の私は、“逃げ”という愚劣で愚昧な“醜い”行いをしてしまった。

とにかく当時の私は自分がそのような事をされているのを認めなくて、されたくなくて“逃げ”ていた。

でも、すぐにそれは、どれほど“醜い”もので、余計自分に返ってくるものかを理解することができた。


二見先生だって言っていた。

「…日夏、ちょっと逃げすぎじゃないか?もうちょっと頑張ってみろ。」

先生は呆れていた。


アイツらだって、私が明るく振る舞っていたのが、クラスメートとも楽しそうに過ごしていた私が、突然暗くなって、


「病みアピ?くっそウケる。キモすぎだろ。」

「自分は可愛い、病んでる哀れな少女ですかー?笑笑笑笑」


そう裏で言われていることも重々わかっていた。

軽蔑するような目付きから、そう思われていることもわかりきっていた。







私は、その時全てを理解した。









『自分のせいで起きたことなのに、逃げてばかりいるから余計“アイツら”にもやられるんだ。』


『先生たちも、“アイツら”もそう思っている。なんて劣等な大うつけ者だったのだろう、私は。』





『いや、先生たちはきっと、こう思っている。






「自分のせいなのに逃げてて笑える。


頭も良くない、運動もできない、そして何よりも不細工。なんて劣等生でチャランポランで愚鈍な奴なのだろう。
小学校の先生たちから、日夏は優等生で手本のようないい子みたいに思われていたらしいけど真っ赤な嘘じゃないか。


“醜い”顔して自分がモテて可愛いと思っていそうだ。
きっと可愛い子に対しての嫉妬に明け狂っているのだろう。


あんな奴、担任とか無理だ。
二見先生可哀想。







“アイツ”なんか死んじゃえ。」










なんて。』







ということを。

私は理解した。



















その1年3組の1学期に、私はそのことを理解できた。

でも、理解したはずなのに、私は「未来を向いて歩こう」みたいな、「私には“嫌なこと”も乗り越えたら、輝かしい未来が待っている。」だなんて浅はかな考えをしていた。


だから、私は“私のしたこと”の“報復”も笑顔で耐えた。

“報復”をする人にも詫びる気持ちを込めて笑顔で話しかけた。



























………でも、やっぱり、




“私のしたこと”は許されることじゃなかったみたいだった。