その日は、朝から小雨が降っていた。
大学の構内はいつもより静かで、濡れたアスファルトが靴音を吸い込んでいく。
みどりは教室の端の席に腰を下ろした。
人と隣り合わなくていい場所。
視線も、会話も、最低限で済む。
——はずだった。
「ここ、俺の場所」
どんっ、と音がして、顔を上げると、知らない男子が隣に座っていた。
黒いパーカーに、少し長めの前髪。
ノートを広げて、視線だけをこちらに一瞬向けて、すぐに逸らす。
空いている席は他にもある。
自由席だから、どこでもいいはずなのに。
——感じの悪い人。
それが、最初の印象だった。
講義が始まって十分ほど経った頃、教授が言った。
「今日はレジュメを配りません。隣の人と共有してください」
内心、ため息が出た。
こういう時、どう声をかければいいのか分からない。
黙っていると、隣から紙の擦れる音がした。
「……これ」
低くて、少しぶっきらぼうな声。
差し出されたレジュメを見て、みどりは一瞬戸惑ってから受け取った。
「ありがとう」
そう言うと、彼は「ん」と短く返事をして、それきりだった。
それだけのやりとり。
なのに、不思議と居心地が悪くなかった。


