終わらない物語を君へ

 その日の午後、大学から帰ると、玄関には蓮がすでに待っていた。

 柔らかな夕陽が廊下に差し込み、蓮の髪が金色に透けている。
 逆光の中で振り返る彼は、まるで物語の登場人物そのものみたいで――思わず息を呑んだ。

「ただいま」
「おかえり、みどり!」

 その声が嬉しそうで、あたたかくて。
 胸の奥が、じんわりと溶けていくようだった。

「今日は前に約束していた、オムライス作ろうか」

 みどりが言うと、蓮の瞳がぱっと輝く。
 その無邪気な笑顔を見た瞬間、胸がきゅっと高鳴った。
 ――だめだ、可愛く見えて仕方ない。

 ふと見ると、蓮は小さなメモ帳を握っていた。

「ん?それ、何?」

「みどりとやりたいことを書いてるんだ」
 蓮は少し照れくさそうに笑った。

 その姿がなんだか愛おしくて。
 みどりの胸の奥で、じんわりと何かが温まっていく。

「そう…なの?じゃあ、まずスーパーに行こう。材料を揃えないとね」

 みどりが言うと、蓮は小首をかしげた。
 夕陽がその横顔を照らし、長いまつげが揺れる。

「スーパーって何?」

 みどりは思わず笑ってしまった。
「そっか……この間は行かなかったもんね。スーパーっていうのはね、いろんな食材や日用品が並んでる場所だよ。野菜も、お肉も、卵も、調味料も、なんでも揃ってるの」

 蓮は驚いた様子だった。

「ご飯って、出来上がったものしか見たことがなかったから……そんなに奥深いんだなぁ」

 その言葉に、みどりの胸がまたトクンと鳴る。

「そう。ご飯って、いろんな食材を組み合わせて作るの。だから、まずは材料を買いに行くのよ。自分で選ぶの」

「自分で選ぶの……?」
 蓮は驚いたように目を見開き、それからふっと笑った。

「すごい……なんだかワクワクするね」

 その笑顔が、まるで夕暮れの光よりまぶしくて。
 みどりは思わず視線をそらした。

 廊下の空気は、夕陽と二人の笑顔で、いつもより柔らかく、あたたかく感じられた。

 小さな冒険が、今、ここから始まろうとしている――
 そんな予感に、胸が高鳴って仕方がなかった。