みどりは深呼吸をして、できるだけ冷静に言葉を選ぶ。
「こっちの世界ではね……お互いに“好き”で、想い合う男女じゃないと、手は繋がないの!」
他の人の常識とは違うかもしれないけれど、それでも今のみどりにはそう言い切るしかなかった。
街のざわめきが遠くで響いているのに、隣の蓮の存在だけが妙に近く感じられる。
すると蓮が、少しだけ笑って、柔らかい声で言った。
「でも、僕、みどりのこと好きだよ」
心臓が跳ねた。
ほんの一瞬、時間が止まったように感じる。
「そ……それも!」
慌てて言葉を重ねる。
「あなたの物語の主人公の名前が“みどり”だっただけで、私のことじゃないかもしれないでしょ!」
蓮は腕を組み、少し考えるように空を見上げた。
「うーん、そうなのかなぁ?」
のんびりとしたその口調に、みどりは思わずため息をついた。
「と、とにかく!」
指をぴしっと立てて、真剣な顔で言う。
「お互い、まだよく知らない段階では――手を繋いだり、“好き”って言ったりしないの! わかった!?」
蓮は一瞬、驚いたように目を瞬かせたあと、ふっと笑った。
「……うん、わかった」
その笑みが、どうしてか少し切なく見えて。
みどりが胸の奥で安堵と後ろめたさの入り混じった気持ちを覚えたその時――
蓮は一歩近づいて、静かに言葉を続けた。
「じゃあ、もっと僕のことをよく知って――僕のこと、好きになったら教えてね?」
その声音は穏やかで、まっすぐで、まるで約束を交わすみたいだった。
「……僕は、いつでもいいよ」
そう言って、蓮の手がみどりの頭にそっと伸びる。
指先が髪をかすめ、優しく撫でる。
心臓が、また跳ねた。
顔が熱くなって、視線を逸らすことしかできない。
(……何なの、もう……反則……)
そう胸の中で呟きながらも、みどりはその温もりを振り払うことができなかった。


