終わらない物語を君へ

 あの日から、私はひとりで過ごすことが多くなった。
 放課後の教室が怖くなって、気づけばいつも、図書室の片隅に座っていた。

 ページの向こうに心を置き、現実から少しだけ逃げる時間。
 ――それが、私にとっての“安心”だった。

 あれから何年経っても、その癖は抜けない。
 大学生になった今も、講義の合間に立ち寄るのは決まって図書館。

 今日もまた、指先が自然とある一冊をなぞる。

 『星降る夜に出会った君』
――幼い頃、誕生日に祖母がプレゼントしてくれた。何度も読み返している恋愛小説。

 それは、星の精霊の青年と、人間の少女の恋の物語。

 満天の星が降る夜。
 孤独な少女・ミドリは、流れ星に「誰かを愛し、愛されたい」と願いをかける。

 するとその夜――光の粒から一人の青年が現れる。
 名前はレン。
 “星の精”として、人の願いを叶えるために、空から降りてきたという。

 夜が来るたび、ふたりは少しずつ心を通わせていく。
 けれど、レンは“願いを叶えた時、夜明けとともに空へ還らなければならない”運命を持っていた。

『そのままの君でいい。そのままの君がいいんだ』
『ねぇ、信じて。想いは、消えない。ずっと愛してる』
 その言葉が、大好きだった。


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「ねぇ、おばあちゃん。愛って何?大切な人と、ずっと一緒にはいられないの?」

 親が離婚して、母に引き取られた。母は仕事ばかりで、祖母といることが多かった。そんな現実とも相まって、小学校6年生だった私は祖母に聞いた。

「大切だという気持ちを大切にできれば、どこにいても、目を瞑ったって側に感じられるはずよ。いつか、ミドリも愛を知る時がくるわ」

 そう言って、優しく抱きしめてくれた、祖母の温もりが今でも忘れられない。

 現実で誰も信じられなくなった私にとって、
 レンの“まっすぐな想い”だけが、唯一無二の、愛そのものだった。


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「……いつか、そんな日がくるのかな」

 そっと本を胸に抱きしめて、微笑む。
 ページを開けば、いつだってそこに彼がいる。
 完璧で、優しくて、勇敢な――わたしの理想の人。

 図書室を出ると、夕暮れが街を淡いオレンジ色に染めていた。

 本を大事に鞄へしまい、みどりは一人暮らしのアパートへと歩き出す。

 風に揺れる木の影が、どこかで瞬いた。
 ――それが、始まりだとも知らずに。