終わらない物語を君へ

「……すごいね。初めての世界なのに」

「君が読んでた世界のこと、少しだけ覚えてたんだ。コーヒーを淹れる描写、あっただろ?……それを思い出して」

 そう言って、彼はマグカップをみどりの方へそっと差し出した。
「冷める前に、どうぞ」

 その優しい笑み。
 ページの中で何度も恋した“あの表情”が、目の前にある。
 胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。

「夢じゃないんだ……」

「夢でもいい。君が信じるなら、それでいい」

 低く穏やかな声が、空気を震わせる。
 その音のひとつひとつが、心に落ちていく。

 みどりはマグを受け取り、そっと口をつけた。
 少し苦くて、でも優しい味がした。

「……おいしい」

 呟くと、蓮が嬉しそうに笑う。
「それならよかった」

 その笑顔を見た瞬間、ふいに涙がこぼれた。
 どうして涙が出るのか、自分でもわからない。
 ただ、ずっと“会いたかった”君に、やっと会えた気がした。

 沈黙の中、時計の針だけが進む。
 現実と幻想の境界が、少しずつ曖昧になっていく。

 ――このまま、時が止まればいいのに。
 そんな願いを、みどりは心の奥でそっと呟いた。