終わらない物語を君へ

 夕暮れが街をオレンジ色に染めるころ。
 大学の帰り道、みどりは何度もスマホを取り出しては時刻を確認していた。

「……さすがに、もういないよね」

 そう口にしても、心の奥ではどこか期待している自分がいた。
 もし本当に、彼がまだ“そこ”にいたら――。
 そんな非現実的なことを考えてしまう。

 息を吐き、玄関の鍵を回した。
 静かにドアを開ける。

 その瞬間、ふわりと漂ってきたのは――
 コーヒーの香り。

「……え?」

 カーテンの隙間から、柔らかな夕陽が差し込む部屋。
 テーブルの上には、マグカップが二つ。
 そして――。

「おかえり」

 ソファに座って微笑む蓮がいた。
 穏やかで、どこまでも自然なその姿に、みどりの時間が一瞬止まる。

「う、うそ……まだ、いたの……?」

「約束しただろ? “ここにいて”って言われたから」
 そう言って、彼は軽く肩をすくめる。
 その仕草さえ、ページの中で見たままだった。

 みどりは靴も脱げずに、その場で固まる。
 現実感が追いつかない。
 息をすることすら、どうすればいいのかわからない。

「……あの、えっと……何してたの?」
 ようやく出た言葉は、それだけだった。

 蓮はマグカップを指差して微笑む。
「コーヒー、淹れてみた。……合ってるかわからないけど」

「え……コーヒー、って……どこから?」

「キッチンにあったよ。豆はもう少しで切れそうだったけど」

 あまりにも自然に言うから、逆に怖い。
 ページの中の人が、普通に家電を使って、生活している――。
 頭がぐるぐるする。