終わらない物語を君へ

 テーブルの上には、朝のみどりが飲みかけていたマグカップがある。

 黒くて、少し苦そうで。
 これは――コーヒー、か。
 小説の中のミドリも、よくこれを飲んでいたっけ。
 ページの中で、彼女はいつも穏やかに微笑んでいた。
 その姿と、目の前の“みどり”が重なる。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 蓮は静かに立ち上がり、キッチンへ向かった。
 棚を開け、見よう見まねでコーヒーの袋を取り出す。

「えっと……ここに、入れて……?」
 説明も見ずに、記憶の中の“みどり”の動作を思い出しながら手を動かす。

 お湯を注ぐと、ふわりと香ばしい香りが立ちのぼった。
 その瞬間、胸がどきりとする。

「……これは、みどりの匂いだ」

 湯気に包まれるようにして、蓮は目を細めた。
 心臓が静かに跳ねる。
 カップを両手で包み込み、そっとテーブルの上に置く。

 湯気がゆらめく。
 その向こうに、優しい笑顔が見える気がした。

「帰ってきたら、これ……飲んでくれるかな」

 誰にも聞こえない声で、蓮はそう呟く。
 そして、ほんの少し唇をかすかに動かした。

「早く……会いたいな」

 その声は、湯気と一緒に静かに部屋に溶けていった。