終わらない物語を君へ

 大学へ向かう途中のみどりは、心ここにあらずだった。

(大丈夫。きっと夢。夢に決まってる)

 そう言い聞かせても、胸の鼓動は止まらない。
 あの声、あの温度、あの“いってらっしゃい”が耳から離れなかった。

「……帰ったら、いなくなってるよね。きっと」

 呟きながら、みどりは胸の前でぎゅっと鞄を抱えた。
 でも――ほんの少しだけ、心のどこかで願ってしまっていた。

 “もし、まだあの部屋にいてくれるなら”って。

 いつまでも変わらない毎日が続くと思っていた。

 朝起きて、大学に行って、誰とも深く関わらずに帰ってくる。
 現実は面白くもなく、変わり映えのない日々。

 気づけば、笑うことさえ減っていた。

 “特別なことなんて、もう起こらない”
 そう思っていたのに――

 そんな私の所に、あの人が現れた。

 小説の中にしかいないはずの彼が、現実の部屋で、私の名前を呼んだ。

「名前…久しぶりに呼ばれた」

 夢でも幻でもなく、あのぬくもりが確かに残っている気がする。
 だから、今日は少しだけ違う気がした。
 通い慣れた通学路の風景も、いつもより色づいて見える。

(……帰ったら、もう一度会えるかもしれない)

 そんな希望を、信じてはいけないとわかっているのに。
 心はもう、彼のいる“物語”を探していた。