「何者だ?」

 立派な黒い馬に乗った男性は、あっという間に私の前まで駆けてきて、馬上から厳しい声を投げかけた。圧倒されて思わず顔を俯けると、元気付けるかのように馬が顔を寄せてきた。

『声をかけてくる監視役は強靭な兵士かもしれない。だけど、怯まずに国王陛下の手紙を見せなさい。説明するよりも早いからね。』

(そうだ、手紙……)

 ポケットに手を入れると、私の行動を怪しんだ男性は迷わず剣を抜いた。

「ま、待ってください!これを見てください!国王陛下の命で、辺境伯様のところへ行くように言われて来たんです!」

 国王陛下の手紙を差し出した私の手は震えていた。男性は剣を納めると、馬を降りて私から手紙を受け取った。

「お前、女なのか!?」
「はっ……失礼いたしました!」

 私は慌ててフードを取った。左目に剣で斬られたような傷痕がある男性の瞳は、綺麗な赤色をしていた。

(赤い瞳なんて初めて見た……)

 じっと見ていると、不意に目を逸らされた。

「……1人で来たのか?」
「はい。」

「使用人や付き人は?」
「いません。子爵令嬢って書いてありますけど、うち、貧乏なんです……」

 私は肩をすくめた。普通の令嬢は、使用人や付き人を伴って来るのだろう。

「結婚……するつもりなのか?」
「辺境伯様が許してくださるなら……」

 男性は眉間に皺を寄せている。やっぱり貧乏な娘は門前払いされてしまうだろうか。

「本当にいいのか?顔も知らない奴と結婚しろって言われて、結婚できるのか?」
「追い払われる覚悟はしています。その時は、お仕事を紹介していただきたいなと思っていて……」

「ここで働く気か!?」
「はい。体力には自信があります。」

 ヴェルシュタールは想像よりも畑が多い。畑仕事は得意だから何とかなりそうだ。

「……とりあえず、屋敷まで送る。馬は平気か?」
「餌をあげたので、大丈夫だと思います。」

 元気とは言えないけど、まだ歩いてくれそうだ。私は馬に跨った。男性は先導するわけではなく、私の横にピタリとくっついて進んでいく。まだ警戒されているのかもしない。

「結婚したい理由は……金か?」
「そうです。母の病気を治したいんです。」

「母上がご病気なのか。」

 ちらりと男性の顔を見ると、男性はすぐに顔を逸らされた。

「辺境伯様には言わないでくださいね。」
「あぁ、もちろんだ。」

 母のことを『母上』と呼ぶ人に初めて会った。この男性も貴族なのだろうか。

「あの、あなたは……」
「あー……俺は先に行って、屋敷の人間に話をして来る。人が立ってる門から入ってくればいい。ゆっくりでいいからな。」

 男性はそう言って風のように駆けて行った。

「名前くらい聞いておけばよかったな……」

 男性に言われた通り、私は馬に負担をかけないようにゆっくり進んでいった。辺境伯様のお屋敷は、周囲を塀で囲まれた要塞のような造りで、来るものを拒むかのように堂々と佇んでいる。塀に沿って進んでいくと、門の前に騎士の格好をした人が立っていた。

「こちらですよ〜!」

 やたらと笑顔な騎士に迎え入れられて、私はドギマギしながら門をくぐった。