素顔に花と光を

「おいしそう」 吹雪のコメントを見て、沙里は思わず笑ってしまった。

たった一言なのに、心の奥が少しだけあたたかくなる。

——この“私”は、、?

画面の中の“私”は、ベビーピンクのリップを塗った可愛い姿。

スタバの新作を持って、夕暮れの空を背景に微笑んでいる。

それが、本当の“私”だ。

おしゃれが好きで、かわいいものが好きで、写真を撮るのが好き。

でも、学校では誰にも言えない。

誰にも見せられない。

地味な服、目立たないように。

それが“嘘の自分”。


スマホを握りしめながら、沙里は思った。

“本当の自分”を、学校でも出してみたい。

でも、それはまだ怖かった。

だから、今日も“嘘の自分”を演じる。


なぜかこの日は、朝から気分が乗らなかった。

教室のざわめきも、ノートに走るペンの音も、全部が遠く感じた。

沙里は、ばれないようにコスメポーチを無理やり制服のポケットに押し込み、誰もいないことを確認して、お手洗いの洗面所に入った。

鏡の前で、そっとポーチを開ける。


投稿用に買った、いちばんお気に入りの色。

——ちょっとだけ。

そう思って、唇に当てた瞬間。

「……あ、それって、今バズってるやつだよね!私も持ってるよー!」

突然、後ろから声がして、沙里は手を震わせた。

リップが床に落ちる。

慌てて拾おうとしたけれど、先にその子が拾ってくれた。

「かわいいよね、あのシリーズ。限定のやつでしょ?」

沙里は、パニックだった。

ばれた。 “地味な私”が、こんなリップを持ってるなんて。

「……あ、え、あ、そう。もらったんだよねー」

声が裏返りそうだった。

本当は、自分で買った。

何度もレビューを見て、色味を比べて、買った。

でも、それを言えなかった。

その子は、めちゃくちゃ美人で、可愛くて、いつも明るくて。

だから、こんなふうに自信満々に「持ってるよ」って言えるんだ。

——いいな。 そう思った。

でも、同時に、そんな自分が嫌だった。

羨ましいって思う自分。

嘘をついた自分。

全部事実だし、意識したら直せることばかりなのに、自分の勇気がないだけ。

だから全部、胸の奥に押し込んだ。