素顔に花と光を

放課後、教室に誰もいないことを確認した。

窓から差し込む夕日の光が、机の上に柔らかく広がっている。

沙里は、そっとポーチとスマートフォンを取り出した。

誰もいないこの静かな時間だけが、素顔になれる時間だった。

今日は、誰かと遊ぶ予定もない。

だから、学校でメイクをして、スタバに寄って、SNSに写真を載せようと思っていた。

ポーチの中から、お気に入りのリップを取り出す。

ベビーピンクという色をのせる。

ベビーピンクの優しい色と光沢で、少しだけ気分も上がった。

そして、夕日の入り加減がすごくきれいで、スマホのカメラを起動した。

誰もいないから容赦なく角度を定めて、パシャッと撮る。

それから、自分のアカウントを開いて、写真を投稿した。

この前の動画の投稿には、たくさんの「いいね」が来ていた。

「センス良すぎ!」「かわいい~」というコメントに、頬を緩める。

その時だった。

「それ……望月さんの?」 背後から声がした。

びくっと肩を揺らし、恐る恐る振り返ると、そこには芹澤吹雪が立っていた。

彼は、私の画面をちらりと見た。

「え……なんで」 声が震える。

「ごめん、見ちゃった。昨日の動画」

沙里は、きゅっとスカートの裾をつかむ。

「でも、なんで……」

さらに声が細くなる。

「手の動きとか、ネイル……あと、雰囲気」

吹雪は、ゆっくりと話してくれた。

「……あの動画、すごくよかった」

沙里は何も言えず、固まった。

でも、胸の奥で、じんわりと何かが解けていくのを感じた。


誰にも見せられなかった自分。

うれしい気持ちと、複雑な気持ちがぐるぐるとしていた。

吹雪は、それ以上何も言わなかった。

沙里は、スマホの画面を閉じ、蚊の鳴くような声で言う。

「誰にも言わないで。」

吹雪は、すぐにうなずいてくれた。

「もちろん」

その声は優しくて、私の心は安心した。

吹雪が去ったあと、教室には私ひとりだけが残った。

夕日の光は、少しだけ赤みを増していて、机の上に長く影を落としていた。

スマホの画面をもう一度開く。

さっき投稿した写真には、もういくつか「いいね」がついていた。

でも、今はそれよりも、吹雪の言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。

「あの動画、すごくよかった」

「もちろん」

——誰にも言わないよ。

誰かに見つかるのが怖かった。

でも、見つけてくれたのが彼だったことが、少しだけうれしかった。

スカートの裾を握った手に、強かったのか、少し汗ばんでいる。

心の奥では、何かが解けていくような気がしていた。

私は、そっと立ち上がった。

ポーチをしまって、スマホをバッグに入れた。