とある街には物の怪が出ると申します。
物の怪の正体は少女だとか気のいい爺だとか、はたまたのっぺらぼうだとか話は様々で、結局のところ正体はわかりません。
物の怪は自身の持つ"面"を自在に操り、人を笑わせたり助けたり、時には戸惑わせたりするというのです。
傷つけたり、ましてや殺めると言った物騒な話は聞いたことがございません。
そう考えると恐怖心はありませんが、なんとも気持ちの悪いお話なのです。

物の怪の街に住む女は今日も終電間際に帰路についていた。朝から碌に休むこともなく働きつめた女の蓄積された足は1歩が重い。女は駅からタクシーで帰る事にした。
平日の終電間際は同じようにタクシーを待っている人は多く、彼女が腰掛ける事ができたのは半時が経ってからである。
絶妙な揺れが眠気を誘う。気持ちよく眠気の海を揺蕩っていたところ、急にパチンと打ち切られた。


___________いる。
窓硝子に面のない女がうっすらと映っている。
驚いて目を擦り、もう一度見てみると、そこにはいつもの自身の顔が映っていた。
女は気味の悪い見間違いであったと自身を嘲笑した。


家の電気を付けると、気分が和らぐ。
風呂に入り、眠ろうかとした時1本の連絡が来ていた。


"明日、早く来て資料作成をするように"

女は一つ息を吐き、了承の旨を返した。
寝具の横にある鏡を見た時、女は驚愕した。

面が、無い。
女の面が無いのだ。
女は確かに生きている。自分が物の怪であるはずがないと戸惑ったが、すぐに理解した。

「私は自分で面(おもて)を捨てたのだわ。」

なんて恐ろしい物の怪なのかしら。
女の笑いは乾いて果てた。




おしまい。