夏夜恋

 ある日、一夏が言った。

「理久くん、夜、星を見に行こうよ!」

「夜?」

「うん。夏の夜、星が綺麗なんだって。私、ちゃんと見たことないから、一緒に行きたい!」


 僕は、その夜、彼女を迎えに行った。
 彼女は、薄いジャケットを羽織っていた。

「大丈夫⋯⋯? 寒くない?」

「うん、大丈夫」


 僕達は、町外れの丘へと向かった。夜風が肌を撫で、空には無数の星が瞬いていた。

「きれい⋯⋯」

 一夏は草の上に腰を下ろし、両手を広げるようにして空を仰いだ。その横に僕も寝転ぶ。
 草の匂い、土の冷たさ。夜風が頬をなでる。二人だけの静かな時間。
 
「あれは、ベガ。織姫星」

「そっちは、アルタイル。彦星」

 一夏は、やけに星に詳しかった。

「二人はね、年に一度、七夕に会えるんだって」

「⋯⋯じゃあ、僕らも、毎年、夏に会える?」

「ううん。私は、来年の夏には、もういないよ」

 その言葉に、僕は黙った。
 でも、一夏は、悲しそうじゃなかった。
 どうして彼女は、こんなふうに生きていられるのだろう。余命一年だなんて言った彼女が、誰よりも生を謳歌している。

「でも、今、君と話せてる。それだけで、幸せだよ」

 心が、熱くなった。

「ねえ、星ってさ。全部、何千年も前の光なんだよ」

 一夏は小さな声で言った。

「私たちがこうして見てる光は、ずっと昔に放たれたものなんだって。⋯⋯なんか、いいよね。遠い昔と今が、つながってるみたいで」

 僕は返事をしなかった。ただ隣で瞬きをせずに星を見上げる彼女を、目の端で見ていた。星明かりに照らされた横顔は、どこか儚く、美しかった。

 その夜、流れ星が一筋、夜空を駆けた。
 一夏は胸の前で手を合わせ、目を閉じた。願いごとをしたのだろう。僕は尋ねなかった。彼女が何を願ったのか、知らないままでよかった。けれど、その横顔を見ているうちに、僕はただ一つだけ強く思った。
 ──彼女との時間が、どうか少しでも長く続きますように、と。

「⋯⋯一夏」

「うん?」

「俺、君の詩を、本にしたい。君の言葉を、誰かに届けたい。君がいたこと、君が生きた証を、残したい」

 一夏は、驚いたように僕を見た。

「⋯⋯私なんかの詩が、届くかな?」

「届くよ。だって、君の言葉は、俺の心を動かした。きっと、誰かの心も、動かすはずだ」

「⋯⋯じゃあ、約束。夏の終わりまでに、新しい詩を、たくさん書く」

「うん。俺も、君の詩を集めて、出版する」

「⋯⋯理久くん、夏の終わりに、またここで会おう。そのとき、君に、最後の詩を渡す」

「約束だ」

 僕達は、星空の下で、小さな誓いを交わした。