夏夜恋

 朝起きて僕は、素早く身支度を整え、約束の時間に待ち合わせの場所に着いた。
 白いワンピースを着た一夏は、波のように明るい笑顔を浮かべていた。
 僕らが出会った日の一夏も、こんな感じだったな、とふと思った。

「待たせちゃった?」

「全然大丈夫だよ」

 僕は、ほっと胸を撫で下ろした。彼女の明るさに少しずつ心が軽くなる。


 電車で海に向かう道すがら、一夏は窓の外を見つめながら、思い出の話をしてくれた。

「子どもの頃に、家族と海に来たとき、砂のお城を作ったんだ。すごく楽しかったな」

 僕は、彼女の楽しそうな顔を見て、心が温かくなるのを感じた。

 海に着くと、潮の香りが僕らを包み込む。一夏は、色とりどりの水着にサマードレスを着て、元気いっぱいに笑顔を浮かべていた。
 彼女の姿は、病気に立ち向かう、力強さを感じさせた。

「理久くん、早く泳ぎに行こうよ!」

 一夏は、はしゃぎながら砂浜に駆け出した。僕もそれに続く。
 波が寄せては、返す海のみずみずしさに包まれる。波が足元を洗い流し、海水が僕の心までも爽やかにしていく。

 彼女は、楽しそうに海に飛び込むと、後ろを振り返って、手を振った。

「ほら、こっちにおいで!」

 いくつもの波が僕を迎え、水に入る。水が体を包むと、彼女と同じように大笑いして、波をかき分けて遊んだ。

「どう?」

 一夏が水面から顔を出し、笑顔で訊ねる。

「最高だよ!」

 僕も、同じように笑った。


 日が傾くにつれ、浜辺の風が心地よく、涼しくなった。数時間、海で遊んだ後、僕達は砂浜に座り込んだ。夕日が沈む時間、空がオレンジ色に染まるのを眺めながら、一夏は思いを口にした。

「私はさ、もっといろんなところに行って、いろんな体験をしたかった。私も、余命宣告された時は信じられなかった。今もこうして理久くんと話せてるのに、そう長くは生きられないなんて、実感が湧かなかった。外にでるのも怖くて、毎日を家で過ごしたの。だから、分かるよ。理久くんの気持ちも、私」

 そうだ。彼女も怖かったんだ。当たり前だ。死にたいなんて人は、いない。生きれるのなら生きたい。そう思うはずだ。

「でもね、考えたの。世界には、私よりもっと辛く、苦しい境遇に置かれてる人がいる。今日を生きるのでさえ、やっとな人もいる。だから、その点、私は恵まれてるなって思ったの。そんな人達の分も、ちゃんと楽しもうって。美味しいご飯が食べれて、自分の好きな事ができる。幸せって、当たり前じゃないって分かったの。だからね、理久くん。これだけで、幸せだよ!」

 僕の心の中で何かがざわめいた。自分は、一夏に何を返せるだろうか? 彼女の強さと優しさに感動するばかりで、僕は、変われなかった。いや、変わろうとしなかった。

「⋯⋯まだ、間に合うよ」

「え?」

「一夏の行きたい場所に行って、やりたい事をしよう。一つでも多く、願いが叶うように。生きて、生き⋯⋯て」

 堪えていた涙は、とっくに限界を越えて、ダムが決壊するように、僕の頬を流れていった。
 それを一夏は、慰めるように頭を撫でて、手を繋いだ。一夏の手には、小さく、繊細な指先から伝わる強さがあった。
 彼女の目は輝き、その笑顔は、まるで宝物のようだった。

「じゃあ、理久くん、約束ね。次は、星を見に行こう!」

 その言葉に僕は頷いた。彼女のためにできることが、これからも、たくさんあるような気がした。
 彼女の強さに心を打たれ、彼女の生き方が自分にも影響を与えている事を、痛感した。