一夏とは、それから毎日会った。僕が、学校に行けない代わりに、一夏は、学校のことを聞かせてくれた。授業の話、友達の話、学校行事の話。僕は、それをまるで夢を見るように聞いた。


「理久くん、いつもそれ背負って来てるけど、お気に入りなの?」

 ある日、一夏は、僕の背負っていた手提バッグについて聞いてきた。

「あぁ、これね。小学生低学年から使ってるんだ。ボロボロだし、新しいの買えばって、お母さんに言われるけど、なんか、そう簡単に捨てられないんだよね」

「そうなんだ。じゃあ、そこに描いてある絵は?」

「これは、分からない。子どもの頃に、描いたんだろうけど、本当に自分が描いたのかすら分からない」

 それはただ、小学生の頃に、図書室で使う、バッグとして使っていた、無地のトートバッグだった。でも、いつしか、カラフルな配色で、鮮やかなバッグへと変貌していた。


 僕は、彼女と会えば、会うほど悲しくなった。
 彼女は、心臓の病気。後天性の心疾患。彼女の残された時間は、あと一年。
 それも、運が良ければ、の話。

「一夏は、限られた時間を、俺なんかと過ごしてていいの?」 

 僕は、一夏に疑問を投げかけた。
 彼女は、微笑んで答えた。

「時間は有限じゃん? だからこそ、一瞬一瞬を大切に生きて、愛する人たちと笑い合うことが、一番の宝物だと思うんだよね。余命が一年だろうとそれは、理久くんも、変わらないと思う」

 彼女は、死を前にして、笑っている。
 なのに、僕は、ただの不安に押しつぶされて、学校に行くこともできない。

「今、この瞬間は、全部、私のものだから。だから、私にとって理久くんは、宝物だよ!」

 その言葉に、涙がこぼれそうになった。

「⋯⋯一夏」

「なに?」

「改めてさ、一夏と一緒に夏を過ごしていいかな?」 

 彼女は、今にも吸い込まれてしまいそうな澄んだ瞳で、こちらをまじまじと見つめてきた。

「うん。いいよ!」

 その瞬間、僕の心に何かが芽生えた。それは、希望かもしれない。あるいは、恋なのかもしれない。
 でも、確かなのは──この夏は、僕らのすべてになる、ということだった。


 それからの日々は、変わることなく過ぎていった。これが僕の日常になっていた。


 青い空に、白い雲が浮かぶ日曜日。僕は、彼女の無邪気な声に、少し心が動いた。

「ねぇ、明日はどこかに行こうよ!」

 甘えるような声と仕草で、僕に提案してきた。

「行きたいところがあるの?」

 彼女はにっこりと笑い「うん。海!」と答えた。
 僕は少し驚いた。彼女が海に行きたいと言うなんて。もっと、穏やかな場所を求めると思っていた。
 だが、彼女の瞳に宿る明るさに触発され、僕は、思い切って頷いた。

「じゃあ、行こうか」