あの日から、一夏は、いつも同じ時間に窓際にいた。夕方の五時。夏の終わりの光が、彼女の横顔を金色に染める。
 彼女は夕方が好きらしく、そっちの方が都合がいいらしい。


「理久くんは、鳳桜(ほうおう)学園に通ってるの!?」

 それは、些細な会話をしている時だった。

 鳳桜学園。県内随一の名門校で、様々な分野の秀才たちが集まる高校だ。
 己で言うのもあれだが俺は、頭は良く、自分もその秀才達の一人だ。

「賢そうとは思ったけど、理久くんって、そんなにすごい人だったんだ」

「でも、今は学校行けてないんだけどね」

「えっ?」

 彼女は困惑した顔で僕を見つめる。

「中三の頃ぐらいかな。不登校になったのは」

 僕は、中学二年の頃までは普通に通っていたが、中三に入ってから、突然、学校にいけなくなった。「自分の心が動かなくなった」とだけ彼女に伝えた。

「心が、動かなくなった⋯⋯?」

「うん。ある日、突然、教室に入るのが息苦しくなった。先生の声も、友達の笑い声も、全部、耳に突き刺さって⋯⋯」

「⋯⋯それって、パニック障害とか?」

「分からない。ちゃんと、病院には行ってる。でも、薬を飲んでも、心の奥の闇は、消えない」

 彼女は、僕の言葉をただ聞いていた。否定も、励ましもしなかった。ただ、そこにいること。それだけでよかった。
 
 代わりに、僕たちは詩を交わした。

 一夏が書く詩は、なぜか、いつもどこか儚くて、切なかった。

 ──「夏の終わりに、君と出会えて、よかった。でも、この夏が終わったら、私はもう、ここにいないかもしれない」

 彼女は、何か言いたげな表情をしていた。なんだろうか?

「あのね、理久くん。私の秘密、教えていい?」

「⋯⋯うん」

「私は⋯⋯余命、一年なんだ」

 その言葉に、僕の心臓が止まった。

「⋯⋯えっ?」

「心臓の病気。後天性の。ずっと治療してきたけど⋯⋯もう、手の施しようがないって、先生に言われた。あと、数ヶ月かもしれない。一年、持てば奇跡だって」

 僕は、言葉を失った。目の前の彼女が、死に近づいているなんて──そんなこと、想像もしてなかった。

「今は、大丈夫なの?」

「普段はね。息苦しくなることはあるけど、そこまで生活に、支障がでるまでじゃないかな」

「⋯⋯なんで、今、言うの?」

「だって⋯⋯理久くんも、私に教えてくれたから。君みたいな人と出会えて、私の夏が、すごく輝いたから。だから⋯⋯最後まで、正直にいたいなって」

 俺は、握りしめた拳を震わせた。

「⋯⋯嘘だろ? そんなの、信じられないよ」

「嘘じゃないよ。でも、悲しまないで。私は、もう、泣き疲れたから」

 一夏は、微笑んだ。まるで、死さえも、受け入れたような、静かな笑みだった。

「⋯⋯俺が、君を、救うよ」

「救う⋯⋯?」

「うん。絶対何か助かる方法があるよ。病院に行こう。俺が、君を連れてく」

 一夏は、首を横に振った。

「もう、意味ないよ。でも⋯⋯理久くんが、そばにいてくれるなら、それだけで、私は幸せ」

 分からない。なんで、重い病気を患って、ここまで冷静にいれるのだろうか? 「怖い」とか「悲しい」という感情が無いのだろうか? 僕は彼女がいなくなる恐怖に、押しつぶされそうだった。

「⋯⋯また来るよ。俺が来るから」

「でも、もし私がいなかったら?」

「⋯⋯そのときは、君を探しに行く」

 一夏は、その言葉に涙を浮かべた。

「理久くんは、優しいね」

「別に⋯⋯ただ、君と話したいだけだよ」

「⋯⋯ありがとう」


 その夜、僕は家に帰って、泣いた。初めて、他人の死が、自分の胸に突き刺さった