「あ、あの柱時計、そのまんまだね」
「うん」

 ギドウくんが見ていたのは、柱につけられた大きな振り子時計だ。
 たぶん、飾られて五十年くらい経っている。
 もう長い間止まっていて、時計としての役割は果たしていない。

「あの時計を見るたびに、あの有名な歌を思い出すよ」
「大きな古時計、だっけ?」
「私たちが子どもの時からずっと動いていないものね」

 おじいちゃんが気に入っていた大きな柱時計を私は見つめた。

 カチッ。

 小さな音がして、時計の針がいきなり動いた。

「えっ」

 私とギドウくんは顔を見合わせた。

「今、動いた……?」

 ボーン、ボーン、ボーン――。

 振り子が左右に動き、柱時計の鐘が鳴り響く。

「……っ」

 私たちは言葉もなく柱時計を見つめた。
 鳴り終わると、また時計は動かなくなった。

「ええーーー!?」
「今、確かに動いたよね?」

 私たちは思わず声を上げた。

「信じられない……」

 何十年も動いていなかった時計が、有終(ゆうしゅう)の美を飾るかのように最後の時を(きざ)んだ。
 私は思わず涙ぐんだ。

「すごい……奇跡ってあるんだ……」

 ギドウくんが感動したように目を輝かせている。

「なんだか、勇気をもらえたな……」
「えっ?」
「止まってないで、動き出せってメッセージをもらった気分だ」

 そう言うと、ギドウくんが手を組み合わせて私を見た。

「……ハコちゃんはさ、俺に会いたいって思わなかった?」
「えっ……」
「引っ越してから、俺のこと思い出さなかった?」

 ギドウくんの真剣な眼差(まなざ)しに、私はどぎまぎしてしまった。

「覚えてたよ、もちろん。でも、連絡先がわからなかったし……」
「俺も気になりつつ、連絡しそこねてたんだ……」

 子どもの頃の淡いつながりしかなくて、積極的に連絡をする勇気がなかった。

「実は俺、大学生のとき、一度ここに来たんだ」
「えっ……」
「一作目が売れなくてつらかった時に。でもハコちゃんはいなくて。遠方に働きに出てるって言われて」

 私はドキッとした。
 言いづらくて黙っていたのだ。

「私、最初の会社を辞めたあと、一度家を出たの。旅館に住み込みで働いて……でもそこもつらくて一年くらいで戻ってきて……」

 今思えば、あれは逃避だった。
 会社でパワハラやセクハラをされて疲れ切って、閉塞(へいそく)感がある地元を離れたかった。

「どん底の時で……。このままじゃいけない。故郷から出たい、って思ったけど、結局戻ってきちゃって。ギドウくんとは大違いだね」
「そっか……。きっとその時はお互いタイミングが悪かったんだな」
「え?」

 ギドウくんがふわっと笑う。

「だって、わざわざ東京から来たのに喫茶店は臨時休業だし、ハコちゃんには会えないし。きっとあの時は再会するタイミングじゃなかったんだよ」
「……」
「でも、今日俺たちは再会できた。お店の最終日の閉店時間に滑り込めた」

 ギドウくんがちらっと柱時計に目を走らせる。

「ずっと止まっていた時計が動いた――これって運命じゃない?」
「……!」

 熱っぽいギドウくんの視線に胸がドキドキしてきた。