私が驚きすぎたせいか、ギドウくんが顔を赤らめた。

「いや、よかったら遊びに来てよ。せっかく再会したんだし、これっきりって寂しいし……」

 ギドウくんは軽い気持ちで言ってくれただけなのに、私ときたらめちゃくちゃドキドキしてしまっている。
 やだな、男性慣れしていないってバレバレだ。

「で、でも、彼女さんとか嫌がるんじゃ……」

 言いかけて私はハッとした。

「もしかして、もう結婚してるとか?」
「してないしてない! 彼女もいないよ!」

 ギドウくんが心底驚いたように手を振った。

 私たちは二十四歳。地元では結婚している同級生も多い。
 だから思わず訊いてしまったけれど、東京住みのギドウくんには的外(まとはず)れだったようだ。

 でも――。
 奥さんも恋人もいないと知って、少し喜んでいる自分がいる。

 我ながら自意識過剰(かじょう)で嫌になる。
 ただの幼なじみでずっと音信不通だったような薄い関係なのに、何かを期待しているみたいだ。

「でも、作家さんってモテるんじゃない?」

 ドラマ化までしている売れっ子だし、ギドウくんは若くてイケメンだ。女性のファンも多いだろう。

「いや、そうでもないよ」

 ギドウくんが手を口の周りに当てた。
 (あご)を撫でるそのクセを私は知っている。
 不安になった時のギドウくんのクセだ。

「たまに積極的な子がいるけど……俺が好き、ってわけじゃなくて、作家の恋人っていう肩書きがほしいんだろうな、って()けて見えて……正直怖い」

「ストーカーとか?」
「俺は大丈夫だけど、可愛いからってうっかり家に上げた先輩作家がひどい目に遭ってたなあ。全然出ていってくれなくてって……」

 はあ、とギドウくんがため息をつく。

「売れたらさ、今まで素っ気なかった人が手のひら返してきたり、逆に離れていった人もいて、なんか疲れちゃってさ。それもあって、ここに帰ってきたかったんだ」

 ギドウくんが大きく伸びをした。

「あー、癒やされる。なんでこんなにくつろげるんだろう」

 その一言に、思わず私は嬉しくなってしまった。
 喫茶店の最後の日に、最高の()め言葉をもらえた。

(見事に役目を終えたね……)

 もう少しでこの時間が終わってしまう。
 クリームソーダのグラスは(から)になっていた。

 私は名残惜(なごりお)しい気持ちで店を見回した。
 ギドウくんも同じ気持ちだったのか、店内に目をやる。