「あー、でもすごくいいなあ。この雰囲気。くつろげるっていうか……もっと早く来ればよかった」
「そう? 東京に住んでる人からしたら、古くさいだけじゃない?」
「そんなことないよ。実家に帰ってきたみたいな感じ。俺の家はもうないけど……」

 ギドウくんが遠い目になる。

 離婚して、ギドウくんのお父さんもすぐに引っ越していった。
 ギドウくんの家があった場所は、もう新しい家族が住んでいる。

 ギドウくんがソーダを口にし、ふうっとため息をつく。

「東京に行ってから、ずっと全力疾走(しっそう)してるみたいでさ。中学受験して、進学校に入って、勉強しながら小説書いて。大学でデビュー。でも売れなくて、必死で二作目書いて、三作目でようやくヒット。専業で食べていけるようになったのは最近だよ」
「すごく頑張ったんだねえ……」

 地元の公立中学、高校と進み、特に何か夢があるわけでもなく近場の会社に就職した私とは、まるで違う人生だ。

「なんだかすごく都会の人っぽい。タワマンに住んでたりして」

 冗談だったが、ギドウくんは目を丸くした。

「バレた? 一回住んでみたくって……。あ、賃貸(ちんたい)だよ?」

 私は思わずふきだした。

「六本木とか?」
「いや、東池袋。大型書店が多くて便利なんだ。作家仲間も集まりやすいし」
「へえ……」

 池袋――都心の有名な町だが、私はもちろん行ったことがない。
 けれど、きっと高層マンションやビルが並ぶ便利な町なのだろう。

「なんだか、恥ずかしいな。典型的な成金(なりきん)みたいで」

 ギドウくんが気まずそうな表情になる。

「なんで? 私はギドウくんっぽいと思ったよ。昔から、新しいものや珍しいものに目がなくて好奇心旺盛(おうせい)だったでしょ? やっぱり作家になる人って、いろんなものに興味を持つんだなあって」
「そう言ってもらえると救われる……」

 ギドウくんがホッとしたように言った。こんな(ふう)にちょっと繊細(せんさい)でナイーブなところも変わってない。

「タワマンってどんな感じ? やっぱり便利なの?」
「そうだね。景色はいいよ、やっぱり。共有施設とかコンシェルジュとかわくわくするね。あ、ゴミ捨てが各階でできるから便利。でも、エレベーターが混んでて朝とかめちゃ時間がかかる」

「住み心地は?」
「そうだね。悪くないけど……」

 ギドウくんがちらっと目を走らせてきた。

「来てみる?」
「えっ……」