「すごいね、何を書いてるの?」
「ミステリとか……」
照れくさそうに話すギドウくんが、急に遠い存在に思えた。
ずっと地元にいて、おじいちゃんの喫茶店で働いている自分は、あの頃から取り立てて何も変わっていない。
急にシャツとジーンズにエプロンという自分の姿がみずぼらしく感じる。
髪もただ後ろで束ねているだけ。
ギドウくんから自分はどう見えているのだろうと思うと、怖くなる。
きっと東京で小説家なんて華やかな職業に就いている人からは、地味で冴えない面白みのない人間に映るだろう。
(ダメダメ……卑屈になっちゃダメ)
勝手に暗くなって、せっかく話してくれたギドウくんに気まずい思いをさせたくない。
私は笑顔を浮かべた。
「名前は? 私、本買うよ。本名? ペンネーム?」
「いや、その……」
ギドウくんが目をそらせる。
「義堂よしみち、ってペンネームなんだ……」
「え……」
財布から取り出した名刺を、ギドウくんが差し出してくれる。
私は『ぎどう よしみち』というフリガナをまじまじと見つめた。
「あだ名と本名のミックスっていうか……。ギドウって響きがすごく好きで……」
「そうなんだ」
自分がつけた名前をペンネームに使ってくれたなんてびっくりだ。
なんだか嬉しくなる。
こんなことで気分が上向くのだから、私もかなり単純だ。
「代表作は?」
「ラストデイ・ラストナイトってやつ」
なんだか聞き覚えがある。
「え、それってドラマでやってるやつ?」
「うん」
最近、話題になっているドラマで、小説が原作だとは知っていたが、まさかギドウくんが作者だなんて思いもしなかった。
死刑囚の無実を晴らすため、元刑事や家族が昔の事件を調査していると新たな殺人事件が起こり――というストーリーだ。
キャッチコピーは『登場人物、全員怪しい』というだけあって、何度もドンデン返しがあってハラハラして見ている。
「ドラマ化されるなんてすごいね!」
素人の私でもわかる。よっぽど人気があって面白くなければメディアミックスなどされないだろう。
「人気作家だね。忙しいんじゃない?」
「うん、まあ……。今日は取材のつもりでここに来たんだ」
「取材?」
「レトロな喫茶店を舞台にした日常ミステリを書きたくて。ぱっと浮かんだのがこの店で……。久しぶりに行ってみようって」
すごい偶然に私は思わず微笑んだ。
「そうなんだ。よかった、間に合って」
「うん、閉店の日に来れたなんて奇跡みたいだ」
ギドウくんが目を細める。
「その……ハコちゃんにも会えたし」
「あはは、ありがとう」
リップサービスだとしても嬉しかった。
「ミステリとか……」
照れくさそうに話すギドウくんが、急に遠い存在に思えた。
ずっと地元にいて、おじいちゃんの喫茶店で働いている自分は、あの頃から取り立てて何も変わっていない。
急にシャツとジーンズにエプロンという自分の姿がみずぼらしく感じる。
髪もただ後ろで束ねているだけ。
ギドウくんから自分はどう見えているのだろうと思うと、怖くなる。
きっと東京で小説家なんて華やかな職業に就いている人からは、地味で冴えない面白みのない人間に映るだろう。
(ダメダメ……卑屈になっちゃダメ)
勝手に暗くなって、せっかく話してくれたギドウくんに気まずい思いをさせたくない。
私は笑顔を浮かべた。
「名前は? 私、本買うよ。本名? ペンネーム?」
「いや、その……」
ギドウくんが目をそらせる。
「義堂よしみち、ってペンネームなんだ……」
「え……」
財布から取り出した名刺を、ギドウくんが差し出してくれる。
私は『ぎどう よしみち』というフリガナをまじまじと見つめた。
「あだ名と本名のミックスっていうか……。ギドウって響きがすごく好きで……」
「そうなんだ」
自分がつけた名前をペンネームに使ってくれたなんてびっくりだ。
なんだか嬉しくなる。
こんなことで気分が上向くのだから、私もかなり単純だ。
「代表作は?」
「ラストデイ・ラストナイトってやつ」
なんだか聞き覚えがある。
「え、それってドラマでやってるやつ?」
「うん」
最近、話題になっているドラマで、小説が原作だとは知っていたが、まさかギドウくんが作者だなんて思いもしなかった。
死刑囚の無実を晴らすため、元刑事や家族が昔の事件を調査していると新たな殺人事件が起こり――というストーリーだ。
キャッチコピーは『登場人物、全員怪しい』というだけあって、何度もドンデン返しがあってハラハラして見ている。
「ドラマ化されるなんてすごいね!」
素人の私でもわかる。よっぽど人気があって面白くなければメディアミックスなどされないだろう。
「人気作家だね。忙しいんじゃない?」
「うん、まあ……。今日は取材のつもりでここに来たんだ」
「取材?」
「レトロな喫茶店を舞台にした日常ミステリを書きたくて。ぱっと浮かんだのがこの店で……。久しぶりに行ってみようって」
すごい偶然に私は思わず微笑んだ。
「そうなんだ。よかった、間に合って」
「うん、閉店の日に来れたなんて奇跡みたいだ」
ギドウくんが目を細める。
「その……ハコちゃんにも会えたし」
「あはは、ありがとう」
リップサービスだとしても嬉しかった。


