店内に入ると、ギドウくんが歓声を上げた。

「すごい! 昔のままだ!」
「ね? 時間が止まってるみたいでしょう?」

 木製のどっしりしたテーブル。赤いビロード張りのソファ。
 カウンターの横には今はもう使っていない、ピンク色のダイヤル電話。
 本棚に並ぶ雑誌や漫画。

 何十年前からずっと変わらない景色(けしき)がここにはあった。

「あー、ステンドグラスのランプ! 俺、これ大好きだったんだよなあ」

 ギドウくんが(なつ)かしそうにランプに顔を寄せる。

「このツバメの模様とか……」
「お祖母ちゃんが鳥の小物が好きだったからね。お祖父ちゃんがあちこちで集めて」

「そうそう、カトラリーレストが鳥の形で感激した(おぼ)えがある! この辺りは、そんなお洒落(しゃれ)なお店なかったから!」
「よく覚えてるね」

 ナイフやフォークを置くカトラリーレスト、伝票を挟むクリップに至るまで、鳥のモチーフが使われている。
 幼心(おさなごころ)にもわくわくしたものだ。

 ギドウくんがおもむろに小窓のそばの席に座ったので、私は思わず息を呑んだ。
 一気に時が十三年前に(さかのぼ)った気がした。

「……その席、ギドウくんの指定席だったね」
「そうそう。この小窓にかかってるレースのカーテンが好きでさ」

 赤いビロードの椅子に座っているのは、眼鏡をかけたやせっぽちの小学生ではなく、すらりとした都会的な青年だ。
 でも、きらきらした好奇心旺盛な瞳は変わっていない。

「本当によく覚えてるのね……」
「このお店、大好きだったから! コーヒーのいい香りがするなあ。ほんと、変わらないなあ」

 屈託のない声に、私は思わず涙ぐみそうになってうつむいた。
 お店の最終日。
 一緒に思い出を分かち合える人と過ごしたいと思っていたけれど、それがまさかギドウくんとは。

「注文は? 何でも作るよ」
「えっ、いいの?」
「もちろん」

 ギドウくんが最後のお客様になるなんて想像もしていなかった。
 あの頃、一緒にこの喫茶店で過ごした友達が目の前にいる喜びを私は噛みしめた。

「じゃあ、クリームソーダ!」

 小学生の頃と一緒のオーダーに思わず笑ってしまう。

「今も好きなの?」
「俺にとって特別な飲み物だから」
「わかった」

 私はカウンターに入って、グラスを取り出した。
 氷を入れたグラスにメロンソーダを注ぎ、バニラアイスをのせて赤いチェリーを飾れば出来上がりだ。

(ほんとに美しい飲み物。見るだけでわくわくする)

 私はウキウキとクリームソーダを運んだ。