五時になり、店じまいをするために私は外に出た。
 古ぼけた『喫茶とりかご』と書かれた立て看板にそっと手をやる。

 おじいちゃんが長く続けていた喫茶店を孫の私が()いでもう二年になる。
 いつまで続けようと考える余裕もなく、入居しているビルが老朽(ろうきゅう)化で解体することになった。

 今日は最終日だ。
 もう()もなく、このレンガ造りの洋館風なお店はこの世界から消えてしまう。

「あーあ……」

 子どもの頃からずっと大好きだった思い出の場所がまた一つなくなってしまう。
 寂寥感(せきりょうかん)が込み上げ、涙が浮かぶ。

 せめて、最後の日には誰かと別れを分かち合いたかった。
 常連さんが来てくれたものの、両親は仕事で来られなかった。
 たった一人で閉店作業をすることになる。

感傷(かんしょう)的になりすぎね……)

 ドアノブに『closed(閉店)』の札を下げた時だった。

「すいません!」

 若い男性が駆け寄ってくる。

「あのっ、もしかしてもう閉店…」
「はい」

 男性ががくっと肩を落とす。

「そうですか……」

 深いため息をついた男性が、ハッとしたような表情になった。

「ん? もしかしてハコちゃん?」
「え……」

 私の葉子(ようこ)という名前をハコと呼ぶのは、たった一人しかいない。

「ギドウくん?」
「そう、俺! 懐かしいー!」

 ぱっと表情を輝かせたギドウくんは、ずいぶんと大人びて垢抜(あかぬ)けていたけれど、笑顔は変わっていなかった。

 ギドウくんの本名は堀川(ほりかわ)義道(よしみち)

 義道をギドウと音読みで呼ぶのは、やっぱり私しかいない。
 ヨウコよりハコの方が呼びやすいと言われ、じゃああんたはギドウね、と返したのが始まり。

「ええっと、今俺たち二十四歳だから、十三年ぶり……?」

 一生懸命(かぞ)えるギドウくんに、思わず微笑んでしまう。

「よかったら、入ってく?」

 懐かしさと閉店を()しむ気持ちに後押しされ、積極的な言葉が口からついて出た。

「いいの?」
「このお店、今日で最後なの」
「ええっ!?」

 ギドウくんが大きく目を見開く。

 色素(しきそ)の薄い目は相変わらず印象的だ。
 子どもの頃は眼鏡をかけていたから、あまり目立っていなかったけれど。

 さらさらの髪は綺麗な茶色に染められており、すっかり背が伸びた体はお洒落(しゃれ)な服に包まれていて、まるでどこかの俳優さんのようだ。
 ついまぶしく見えて、私は目をそらせた。

「今日で閉店しちゃうから特別に。今、私が店長なの」
「ハコちゃんが!? すごいなあ」

 私は少しくすぐったい思いでうなずいた。
 ハコちゃん、と呼ばれるたびに、ギドウくんとの距離が(ちぢ)まるような気がする。

「よかったら入って」
「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」

 ギドウくんの手がそっとドアにかかる。
 なぜだろう。それだけでドキドキしてしまった。