サイレント&メロディアス

チケットの番号はお姉さんたちと連番。1階の真ん中の席でとても見やすそうだ。ステージには緞帳が下がっている。あの向こうにピアノがあるんだろうな。
「荷物見ててもらえる? ちょっと出てくる」
「はい」
「旦那さん、飲み物とかは良いの? ここ、持ち込み禁止なんだ」
「大丈夫です。あとでさおりさんと飲みます」
「あら」
お姉さんたちはいっせいに俺を見、それから顔を見合わせる。
「さおりの旦那としてデキすぎてる」
「さおりだまされてない?」
「イケメン過ぎるし一流企業勤めだし料理はじめ家事は上手いし、
もしかしてさおりって遊ばれてるの?」
あの、聞こえてますけど。全部。

お姉さんたちが一斉に俺をにらみつける。
「さおり捨てたらこの世にいられないと思え」
「それもう何回も聞きました。ないですから。そんなこと」
これ、「シスコン」ってやつだよな。しかもかなり重度の。うちは男兄弟だから今までになかった感覚だ。
なんだかんだ言って優しくてさっぱりとした性格のお姉さんたち。俺のことを本当の弟みたいに扱ってくれるが干渉してこない。居心地の良い距離を保ってくれるから、俺は彼女たちが好きだ。さおりさんが彼女たちを大切にするように、俺も彼女たちを大切にしたい。

正直な話、リサイタルは退屈だった。
俺はあくびをしないように我慢していた。クラシックには詳しくない。さおりさんが弾く曲しか、さおりさんが好きな曲しか知らない。
名演奏なのだろうがよくわからない。音楽は好きだが基本的にロックかポップスしか聴かない。だから、知っている曲があると妙に安心する。場違い感がちょっと薄れて。
そして、中盤になって、

さおりさんが現れた -